IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

私電磁的記録不正作出行為の対象 大阪高判平19.3.27判タ1252-174

オークションにおいて成りすまし入札・落札を繰り返した者について,私電磁的記録不正作出及び同供用罪の成否が問題となった事例。

事案の概要

被告人Xは,(1)ヤフー会員3名分のIDとパスワードを使用して不正アクセス行為をしたことについて不正アクセス禁止法違反,(2)前記ヤフー会員2名分のパスワードの変更処理をしたことについて私電磁的記録不正作出及び同供用罪,(3)前記ヤフー会員に成りすましてヤフーオークションにて入札を行ってこれを「落札した旨等の虚偽の情報を送信」したことについて私電磁的記録不正作出及び同供用罪で起訴されて,一審では,いずれの罪についても認定し,懲役1年6月,執行猶予3年の判決が言い渡された。


このような行為をしていたXの動機は,ヤフーオークションで行われた詐欺行為に対する反感から,詐欺と思われる出品を落札することによって妨害しようというところにあった。当初は,X自身のIDを使って行っていたが,やがて,(詐欺行為をしていると思われる)出品者のヤフーIDのパスワードを暴いて,不正アクセスし,さらにパスワードを変更して当該ユーザに成りすまして落札するなどの行為をするようになっていた。

ここで取り上げる争点

パスワードを変更して成りすまし可能になった状態で行われた落札行為についての私電磁的記録不正作出及び同供用罪の成否。


私電磁的記録不正作出罪(刑法161条の2第1項)とは,簡単にいえば私文書偽造の電子版のような罪で,次のように規定されている。同供用罪は同条3項に定めがある。

人の事務処理を誤らせる目的で,その事務処理の用に供する権利,義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は,五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

裁判所の判断

裁判所は,次のように述べて,他人のヤフーIDを使用して,ヤフーオークションに出品された商品を入札し,落札情報を送信した行為(上記(3))については,私電磁的記録不正作出及び同供用の行為を行ったものとは認められないとした。

以上によれば、被告人は、ヤフーオークションに出品された商品に虚偽の入札を行う方法により、ヤフー及びBの事務処理を誤らせる目的で、BのヤフーID及び被告人が不正に変更したパスワードを使用し、前記3〈ア〉の商品に対して合計22回、同〈イ〉、〈ウ〉の各商品に対して各1回、いずれも虚偽の入札情報を送信し、ヤフーのサーバーコンピュータに接続された記憶装置に同情報を記憶蔵置させて、権利、義務に関する電磁的記録を不正に作り、ヤフー及び同会員の事務処理の用に供したことが認められるが、同〈ア〉、〈イ〉の各商品の落札情報に関する電磁的記録は、ヤフーオークションのシステム処理の結果にすぎず、被告人がこれを不正作出して供用したものではないことが認められる。

そうすると、前記1〈3〉の事実のうち、被告人が、別表3落札状況欄記載の番号1、2のとおり、2回にわたり各出品物を落札した旨の虚偽の情報を送信し、私電磁的記録不正作出、同供用を行ったとの事実は認められないから、これを認定した原判決は、その部分につき事実を誤認したというべきである。

として,(3)の事実について,「入札を行った旨の虚偽の情報を送信し」という変更後の訴因に基づいて有罪とした(懲役1年4月に短縮)。

若干のコメント

本件は,他人に成りすまして,たとえオークションに落札しても代金を支払う意思がないのに入札行為を繰り返し,詐欺行為が疑われる出品者を困らせようという意図に基づいて行われた事件です。裁判所は「誤った正義感」という表現を使っていました。


一審では,被告人Xが作出した電磁的記録は何なのか,という点があいまいなまま有罪判決が出されましたが,控訴審では,その点が問題となりました。オークションユーザが作出するのは「入札」なので,(訴因変更前の)公訴事実中の「落札した旨等の虚偽の情報」自体は作出していないと認定しました。あくまで落札情報は「システム処理の結果」であって,被告人X自身が作出したものではないとしています。


検察官がオークションシステムの仕組みを正確に理解しない(あるいは理解しても公訴事実に適切に記述しない)まま公訴提起し,一審弁護人,一審裁判所もスルーしてしまったことがうかがえます。


なお,ここでは取り上げていませんが,たとえ詐欺行為をしているユーザであるとしても,そのユーザIDからパスワードを推測してログインする行為が不正アクセス禁止法違反(8条1号,3条1項,2条1号)に該当するということはとくに問題になっていません。