IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

確約書の位置づけと契約の成否 東京地判平17.2.23 判時1946-82

「システムを言い値で買い取ることを確約する」と書かれた「確約書」の法的が問題となった事例。

事案の概要

システム開発コンサルティングを業とするXは,スーパーマーケットYにシステム開発や,経営指導に関する業務委託契約締結し,Xの代表取締役Aは,Yの取締役にも就任した。その後,Aは,Yの取締役を辞任することになったが,その際,Yの代表取締役Bとの間で,

YのシステムはAが責任をもってフォローし、そのシステムをYは言い値で買い取ることを確約する。

と手書きで書かれた「確約書」と題する書面を取り交わした(ABのサイン又は三文判が押されていた。ただし,ABには会社名,肩書なども書いていなかった。)。


その後,XからYに対して,システムを5億円で買い取るよう請求した(なお,買い取りを請求した会社と,上記業務委託契約を締結した当事者は異なるが,実質的に同グループであるため,まとめてXと記載した。)。


また,買取交渉の中で,Aは,指定期日を過ぎても支払わない場合には,「Yが使用しているソフトにはコピーガードがかかっていて,○日を過ぎると,パソコンにビックリマークが出て,○日には,店のパソコンが止まり,解除するにも日数がかかるようになる」などと話していた。


その後,Yは,別の会社と契約して6000万円を投じて別システムを導入している。

ここで取り上げる争点

Xは,売買契約が成立していることを前提に,代金請求を行っていた。そこで,上記の「確約書」の存在及びその他の事情によって,システムを5億円で売買するという契約が成立しているといえるかが問題となった(Xも,上記確約書の存在のみをもって契約成立を主張しているのではなく,その後の協議状況などを合わせて主張している。)。

裁判所の判断

まず,裁判所は,確約書について,

  • 確約書の署名前に,Yの社内にて買取範囲や買取価格について全く検討していないこと
  • Yは一部上場会社であり,会社としての合意として,会社名や肩書なしの個人名で署名しているという作成経緯
  • 言い値で買い取るという極めて異例の記載内容

という事実を重んじて,

本件確約書は、Bが、Aの求めに応じてXのシステムをYが買い取る方向で処理し、その際、些細な値引交渉を控えることにするとの個人的意思を表明した旨を記載した書面と認める

として,「法的拘束力ある合意が成立したと認めることはできない」とした。


また,確約書の存在以外にも,事実経過全般に照らしても,

本件売買契約は、一方当事者が東京証券取引所一部上場会社である企業間の売買代金額五億円の売買契約であって、このような売買契約が成立に至るには、当事者双方で契約内容の概要を確認した上、売買目的物及び売買代金額を確定するとともに、支払期限、支払方法、違約罰等の諸条件を交渉によって確定し、その上で会社の代表者印を押した売買契約書を作成して成立させるのが通常であるところ本件においては、XとYとの間には、個人名で署名され、サイン印が記載された本件確約書があるのみであって、売買契約書は作成されていない

ことや,

ソフトにはコピーガードがかかっており、一二月二一日にパソコンにビックリマークが出て、同月二四日には、店のパソコンが止まり、メーカーでも直せないようになるし、解除するにも日数がかかるなどと、威迫とも受け取れる発言をしている

ことから,売買契約の成立を認めることはできない,とした。

若干のコメント

本件に限らず,システム開発関連では,契約の成立が争われた事件が多く(http://d.hatena.ne.jp/it-law/20100108/1262959433),裁判所は,ビジネス取引においてきちんとした要式の整った契約書がない限り,契約の成立を認めることには慎重である。


Xの側から,民法の原則では,売買契約は「諾成契約」であって,意思の合致さえあれば成立するとの主張があったが,この点についても,裁判所は,

Xは、売買契約が諾成不要式の契約であるとして本件売買契約の成立を主張するが、典型契約としての売買契約が諾成不要式であることと、上記のような企業間で売買契約が成立する場合に上記経過を辿ることが通常であることは何ら矛盾するものではない。

と,軽く切っている。


事実経過に照らせば,しごく真っ当な判断であり,法的にも特に注目すべき論点などはない事件であるが,契約成否の判断の参考になる事案として取り上げた。