IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラム著作権譲渡契約書の解釈 知財高判平18.3.31判時2022-144

著作権を譲渡する契約において,「翻案権も譲渡する」と明示していなかった場合に,著作権法61条2項の推定を覆すことが出来るかどうかが問題となった事例。

事案の概要と争点

本件事案は,複数の訴訟を経てきているので,非常に複雑であるが,簡単に本件訴訟に関わる部分だけ簡素化すると,次のような事案である。


通信機器,計測機器の販売等を行うXが,電気・電子部品の販売等を行うYに対して,Yのシステムに組み込まれているプログラムは,もともとXが開発したプログラムを翻案(改変)したものであるとして,差止と損害賠償を求めたものである。


当初,YがXに委託して開発したプログラムの開発委託契約には,開発過程で生じる著作権についてはYに帰属する旨が書いてあったが,翻案権(著作権法第27条)については書かれていなかった。


ここで前提として,著作権法61条2項について触れておく。同項は,

著作権を譲渡する契約において,第27条又は第28条に規定する権利が権利の目的として特掲されていないときは,これらの権利は,譲渡した者に留保されたものと推定する。

とある。つまり,著作権の譲渡契約において,単に「著作権を移転する(譲渡する)」と書いただけでは,翻案権(第27条),二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(第28条)まで譲渡されるとは限らない,という規定である。


本件では,まさに,そのような「特掲」がなかったために,翻案権も含めて譲渡したのかどうかが争われた。この場合,翻案権も譲渡されていることについては,譲受人Yが,推定が覆ることの証明をしなければならない立場にある。

裁判所の判断

この争点について,まず,XY間の交渉経緯に注目し,当該プログラムについて,

交渉の過程に照らせば、(開発委託)契約においては、XとY間においては、本件プログラムについても、将来、改良がされることがあること、Xはその改良に積極的に協力するが、改良につき、主体として責任をもって行うのは、Yであることが当然の前提となっていたことが認められる(カッコの挿入と,当事者表記の修正は引用者。)。

と述べ,契約条項から見ても,

第2条は、〔基本合意事項〕として、(中略)Xが、「製品完成後においても市場および部品供給上や製品製造上の事情の変化に追随して、当該製品の市場競争力を維持するために必要な貢献」を行うことを規定する。同規定は、本件プログラムの改良等、本件プログラムが翻案される可能性を前提とするものであり、かつ、その翻案について、Xは「貢献」を行うとして、飽くまで翻案の主体は、Yとするものであり、Yが翻案権を有することを前提としているものと解することができる。

として,Yは翻案権を有しているとした。


また,もう一つの争点として,開発委託契約を解除した場合において,原状回復として著作権(翻案権)も原著作者に復帰するかという点もあったが,この点については,

継続的な関係の解消は将来に向かってのみ効力を有する

として,遡及的な効力はないとした(つまり,Xに復帰しない)。

若干のコメント

私が職務上,目にするシステム開発契約その他,著作権の譲渡にかかる契約は,多くは「著作権(第27条及び第28条の権利を含む。)」という書き方になっているが,単に「著作権」という書き方にとどまるものも少なくない。


61条2項は,懸賞募集などの場面を想定し,弱者である譲渡人が,強者である譲受人に対して不利益な状況を作り出さないようにする趣旨だということだが,現実の取引において,特にシステム開発の場面などにおいては,むしろ逆の場合もある。


もともと47条の3(改正前は47条の2)で,プログラム著作物の複製物の所有者は,自己利用の限度では,プログラムの翻案ができるので,第三者に営利目的で改良,販売しない限り,この種の問題は生じない。


とはいえ,著作権の帰属・移転に関する契約条項で目につくのが「61条2項」との関係でもあるので,忘れないようにしておきたい。


ほかにも,著作権帰属・移転に関する契約条項では問題になった事例があるが,それはまた別途紹介したい。