IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

プログラムの著作権帰属が争われた事例 東京地判平16.4.23(平15ワ6670号)

PS用プログラムの開発を受託した個人プログラマと発注者との間でプログラムの著作権帰属が争われた事例

事案の概要

プログラマである原告Xが,1994年から1998年にかけて,SCE(以下Y)からプレイステーション用のプログラムの開発を受託し,納入した。XY間の業務委託契約は3回にわたって締結されているが,その内容の概略は次のとおりだった。

  • Xは,定められたプログラム開発業務を,Yの事前承認を得たうえで,自主的かつ積極的に実施する。
  • 報酬は月額100万円(途中で110万円,さらに180万円に変更)
  • Xが本契約における業務の履行に際して特許権実用新案権意匠権または著作権知的所有権の対象となるべき発明・考案・創作または著作を行った場合,すべてYに帰属する。
  • 期間は1994年1月1日から4か月間(その後3カ月延長の合意あり)。その後,1994年11月1日から8か月間,1997年6月から11か月間とされた。


その後Xは,Yがプレイステーションに当該プログラムを使用する行為が,著作権を侵害するとして,11億円以上の著作権利用許諾料を請求したが,Yはこれを認めなかったために,Xが3000万円の損害賠償を求めるとともに*1著作者人格権に基づいて改変の禁止を求めた。また,予備的請求として,仮に著作権がXに帰属しないとしても,開発委託報酬が全額支払われていないとして,1228万円の支払いを求めた(予備的請求についてはここで取り扱わない)。

ここで取り上げる争点

本件プログラムの著作権は,Yに帰属するか。

裁判所の判断

プレイステーションのような組込用のプログラムに関する一般論として次のように述べている。

このようにして開発された個々のソフトウェアは,プレイステーション独自のフォーマットに準拠したものであり,かつ,膨大なプログラム群の一部をなすものでしかないから,プレイステーション本体に組み込まれるか,あるいは被告の使用許諾に基づきゲームソフトメーカーが製作するゲームソフトに組み込まれて,一般ユーザーに販売される以外に用途はない。したがって,その著作権を開発者に留保しておくべき理由はない。これは,コンテンツ(ゲームソフト,音楽)等が,移植という作業を要するものの,異なるハードにおいて使用可能であり,開発者に著作権を留保しておく実益があるのと大きく異なる点である。

他方,仮にソフトウェアの著作権が開発者に留保された場合,このソフトウェアを実際に事業に用いるのは開発委託者であるから,自ら使用する場合を考えても,またゲームソフトメーカーに使用許諾する場合を考えても,バージョンアップ等を含めてその都度許諾を求めることが必要になれば,事業の大きな妨げとなり,不合理な結果となる。

以上のことから,独自のフォーマットに準拠した一部分のみのプログラム作成を委託した場合には,当該プログラムの著作権は,原則として委託者に帰属するものとして認識されてきた。

と,この種のソフトウェアにおいては,委託者に著作権が帰属(原始的に誰に生じるのかは別として)とする慣習があることを認めた。

以上から,

被告会社においては,本件各プログラムのようなプログラムについては,委託者に著作権等一切の権利を帰属させるとともに,受託者に対して著作者人格権を行使しないことを前提に,月額の報酬に開発期間を乗じた総額を報酬として支払うのが通例であったところ(いわゆる「買い取り方式」),(注:本件ではXY間で契約を締結し,プログラムを開発して納入し,権利の帰属について,異議を述べなかった)。

これにより,(職務著作の成立はさておき)開発委託契約の成立と同時にプログラムの著作権が順次Yに移転する譲渡契約と,著作者人格権の不行使の合意が成立したと認めた。よって,著作権に基づく請求はすべて棄却された。


若干のコメント

判決文に表れる事実関係からすると,極めて妥当な判断だったといえます。本件では,職務著作(著作権法15条2項)の適用により原始的にYに著作権が帰属するかどうかという点について判断するまでもなく,契約の趣旨と契約書の文言からYに権利が移転したとしました。なお,著作者人格権の不行使合意は当然に有効であるということが前提となっています。

*1:なお,Xが算定した損害額は,約59億円だった。