IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

代金減額合意の不存在 東京地判平23.12.19(平22ワ34102)

システム開発の元請と下請との間における代金減額の合意の抗弁が退けられた事例。

事案の概要

経産省スマートハウス実証実験プロジェクトに参加したZ(ハウスメーカーシンクタンク)は,開発ベンダYに対し,エネルギーマネジメント基盤の実施を再委託した。


開発ベンダXは,Yから担当領域について下請をすることとなり,X(受託者)と,Y(発注者)との間で,平成21年10月1日に,「スマートハウス実証実験」のためのソフトウェア開発にかかる請負契約(請負代金約2500万円)が締結された。


本件プロジェクトにおいては,紆余曲折があったものの,結局Yは,Xに対し,数度に分けて合計約1900万円を支払った。Xは,開発されたものを納入したとして,Yに対し,残代金の約600万円の支払いを求めたのに対し,Yからは,債務不履行によって解除したとして,既払い金の返還を求める反訴を提起した。また,Yは併せて減額の合意もあったから残代金の支払義務はない,とも主張していた。

ここで取り上げる争点

(1)ソフトウェアは完成したか(債務は履行されたか)
(2)代金を減額する合意は成立していたか

裁判所の判断

(1)について,予定された納期に遅滞したという事実があったのだが,裁判所はあっさりと債務は履行された,と述べた。

Xは(総合接続試験が開始される日)時点では,本件ソフトウェアを十分に機能する状態にできていなかったことがうかがわれる。しかし,最終的な仕様は同日に確定したものであること,同日からの試験は,実証実験前の接続試験であることからすると,同日までに総合接続試験に必要なレベルでの本件ソフトウェアを開発し,試験現場に提供する必要はあったが(この意味において本件ソフトウェアを「納入」する合意はあったものといえる。),開発に遅れが生じていたとしてもこれを取り戻すことは可能な段階であったのであり,実際に実証実験は実施され終了していることからすれば,前同日時点で,Xによる本件ソフトウェアの開発は遅れていたものの,結果的にはこれを開発し納品したものといえる

と,仕様の確定状況や,実証実験が実際に終了していることから,納品が認められている。よって,これを前提とするYによる契約解除も認められなかった。


(2)については,Xが開発遅延したことにより,Yが契約解除の意向を示したところ,Xからは開発の継続を懇願され,Yからも代金を3割減額する旨を言い渡したことを認めた。しかしながら,

本件契約は代金額が約2500万円にのぼるものであり,契約書も正式に取り交わしているものであるから,減額に関する合意がされたとすれば別途変更契約書や覚書等が作成されるべきであるのに,これらが作成された形跡はない。してみると,(Y取締役)の述べる内容は信用できず,Yの主張は採用できない。

と,減額の合意の存在は否定した。そして,Xが,Yからの減額の申し入れに沿う請求書を送付していたことを根拠に,減額の合意があったという主張についても,次のように切り捨てて,結果として全額についての本訴請求を認めた。

下請業者であるXとしては,(Y取締役)の指示に従わず当初代金額を記載した請求書を提出すれば,Yからの支払がうけられない危険性があるのであり,その場合には資金繰りに窮する状態にあった(略)から,請求書の交付をもって,代金減額に関する黙示の合意があったとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠もない。

若干のコメント

不充分な納品,あるいは納期に遅延したという事実をもって,発注者が代金を全額支払わないということがよくあります。作業は終えて債務の履行が完了している開発者としては,何とかして代金を支払ってもらいたい立場にあり,また何らかの弱点(当初は多数の不具合があったなど)があることから,やむなく発注者の言うがままの金額で請求書を出し,全額の支払いを受けられないまま完了するということもあります。


本件のようなケースも,まさにそういった状況がありました。下請業者であるXは,確かに,納期に遅滞し,プロジェクト後半において,Yから激しく叱責を受ける場面もあったことが認定されています。そして,実証実験が完了した後になって「3割減額する」と言われ,資金繰りに窮したXは,それに応える形での請求書を出しています。


しかし,裁判所は,単に減額後の請求書の存在のみをもって,合意の成立を認めず,当時の状況に照らして,Xを救済する判断を出しました。認定された事実経過に照らせば,妥当な判断だと思われます。


発注者によっては,とりあえず納入させて,何度もやり直しをさせた挙句に,「遅れた」「品質が悪い」などといって,支払いを拒絶することがあります。こうした行為は,場合により独占禁止法(2条9項5号ハ),下請法(4条1項3号等)違反にもなり得ることに留意すべきです。