カーナビ装置メーカーのP社が,携帯端末を使用するナビゲーションシステムを提供するN社に対して,特許権に基づく差止請求等を求めた事案。
事案の概要
Pは,車載ナビゲーションシステムに関する下記の特許権者であった(特許第2891794号)。なお,本件訴訟ではもう一件,問題となっているが,ここでは割愛する。
【A】 目的地を設定しその設定した目的地を示す目的地座標データ及び車両の現在地を示す現在地座標データに基づいて現在地から目的地に至る航行情報を表示する車載ナビゲーション装置であって、
【B】 目的地座標データを記憶するための記憶位置を複数有するメモリと、
【C】 目的地が設定される毎にその目的地を示す目的地座標データを前記メモリの少なくとも前回の目的地座標データの記憶位置とは異なる記憶位置に書き込む手段と、
【D】 目的地の設定の際に前記メモリに記憶された目的地座標データを読み出す読出し手段と、
【E】 読み出された目的地座標データのうちから1の目的地座標データを操作に応じて選択し前記1の目的地座標データの選択によって目的地を設定する手段とを含むことを特徴とする
【F】 車載ナビゲーション装置。
要するに,目的地を設定すると,それが履歴として保存され,次回時以降に,そこから呼び出すことができるという発明である。今となっては当然の機能だが,平成3年に出願されたものである(現在は満了)。
これに対し,Nは,「EZ助手席ナビ」という名称で,Nが管理・運営するサーバと,利用者の携帯端末が通信することによって,ナビゲーションサービスを提供していた。このサービスでは,検索履歴画面から,目的地を選ぶことができる機能があった。
Pは,Nに対し,特許権侵害を理由に,Nのサーバの使用差止等を求めた。
原審(東京地判平22.12.6)では,文言侵害にあたらないとして請求を棄却したため,Pが控訴。
裁判所の判断
争点(1)について。
原審に引き続いて,Nのシステムは,Nの管理するサーバと,利用者の手元にある携帯端末から構成されることから「車載ナビゲーション装置」にあたらないのではないか,ということが問題となった。まず,「車載」の語義を次のように解釈した。
「車載」の語義は、「車に荷物などを積みのせること。」、「荷物などを車に積むこと。」、「車に積みのせること。」(略)であることに照らすならば、「車載ナビゲーション装置」は、車両に積みのせられて、常時その状態に置かれている「ナビゲーション装置」を意味するものと解される。
さらに,明細書の記載から,「車載ナビゲーション装置」は,車に積み込まれていることを要すること,安定的な電力供給が必要であるにもかかわらず当該装置には車両から供給されることを前提としていることなどから,本件特許における「車載」について,
「車載ナビゲーション装置」における「車載」とは、車両が利用されているか否かを問わず、車両に積載されて、常時その状態に置かれていることを意味するものと解するのが合理的である。
として,Nのサービスでは,サーバは車両に積載されていないことなどから,本件特許の構成要件を充足しないとした。
争点(2)について,Pは控訴審から,「携帯電話端末とサーバを電話通信回線で接続して行うナビゲーションサービス」と「車載ナビゲーション装置」は均等であるとの均等論の主張を追加した*1。
この主張について裁判所は,「控訴審において新たに提出された攻撃方法であり、時機に後れたものと評価されるべき」だとしつつも,
本件各特許発明における「車載ナビゲーション装置」における「車載」の意義は、前記のとおり、車両が利用されているか否かを問わず、車両に積載されて、常時その状態に置かれていることを意味する。このような状態に置かれていることにより、ユーザは、ナビゲーションの利用を欲したにもかかわらず、持ち込みを忘れるなどの事情によって、その利用の機会を得られないことを防止できる効果がある。
これに対して、被告装置は、前記のとおり、端末等は携帯(保持)されているものであるから、ユーザは、端末等を車内に持ち込まない限り、車両用のナビゲーション装置としては利用することができない。したがって、本件各特許発明における構成要件「車載ナビゲーション装置」を被告装置の「送受信部を含んだ携帯端末」に置換することによって、本件各特許発明が「ナビゲーション装置が車載されたこと」としたことによる課題解決を実現することはなく、本件各特許発明において「車載ナビゲーション装置」としたことによる作用効果が得られず、結局、本件各特許発明の目的を達することができない。
として,車載ナビゲーション装置と,携帯端末とは置換可能性がないとして,均等論の主張を退けた。
若干のコメント
特許法70条のクレーム解釈の考え方に忠実に「車載」の意味を検討し,中央で管理されているサーバや,持ち出し可能な携帯端末から構成されるシステムについては「車載」にあたらない,と判断したのは妥当だと思います。
控訴審で出された均等論の主張を「時機に後れた主張」と判断したことについては,実務上悩ましい問題です。均等論は,「特許権侵害ど真ん中ではなく,少し外れているが,実質的に同じ。」という主張なので,予備的な主張に位置付けられ,初めから主張しにくいという側面があります。一審で負けた後に逆転を賭けて控訴審で主張すると,常に時機に後れた主張とされてしまうのは厳しいといえます(本件では,そういいつつも,実質的な判断もしていますが。)。
なお,この事件に関連して,「車載」の意義といった文理解釈のほか,クラウド型サービスのように,事業者がサーバを管理運営し,利用者が携帯端末を利用することで完結するという複数主体が絡む場合の特許権侵害の成否についても議論されています(本件では,その手前の部分で退けられていますが。)。
この判決を見て,「クレームに『車載』などと余計な文言で限定せず,広く権利を取得しておくべきだった」と指摘することは簡単ですが,20年先の将来まで見据えた権利の取得は難しいなと思う次第です。