IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

障害発生後に差し入れられた無償保証に関する合意書面の解釈 東京地判平25.5.30(平21ワ35213/平22ワ45682)

ストレージ機器の無償保証合意の内容が争点となった事例。

事案の概要

X(業務用AVや監視映像関連のシステムインテグレータ)は,Z銀行(エンドユーザ)が防犯カメラの増設を求めていることを受けて,Yから本件ストレージ493台を購入し,平成18年8月ころから,全国の銀行の支店に監視カメラシステム(本件システム)として設置した。本件ファームウェアにより,本件ストレージに監視カメラの画像が記憶されることになっていた。


同年10月頃から各種の障害が発生したことから,関係各社が協議し,Yは,本件ファームウェアの修正版を作成し,平成19年2月以降,順次適用した。


Z銀行は,Xに対して,本件ストレージについて,今後いかなる故障に対しても補償すること,本件ファームウェアの修正後は停止障害が発生しないこと,停止中の損害を賠償すること等を求めた。


そこで,Xは,Yに対しても,同様の回答をすることを求めた。いったんはYからも回答があったが,その後も障害が発生したりしたことから,いくつかのやり取りを経て,YからXに対して次のような書面による回答があった。これはXからZ銀行に提出されたものとほぼ同内容であった。

1.ご要望事項についての御回答
(1) 「今後如何なる故障に対しても補償する」件
ディスクアレイVTrakTMM500p(以下 本製品という)に関し,無償保証期間は本障害が解決し本体の稼働が正常と判断した時点から,センドバック交換による1年間とします。(ハードディスクを除く)但し,本製品の基本機能または品質に関わる重大な瑕疵と判断される場合は無償保証期間以降も責任を持って対応させていただきます。(略)

(2) 「恒久対策完了後は記録停止障害は発生しないこと」に関する件
恒久対策を実施することにより,2007年3月時点で発生している障害は解消すると認識しております。
今後,記録停止障害が発生した場合,貴社のご協力のもとに最善の対応をすすめさせていただきますが,現地調査ならびに修復をより速やかに実施したいため,障害収束後に年間保守契約の締結をお願いいたします。

(3) 「記録停止期間中の損失に対する損害賠償責任」にかんする件
誠に申し訳ございませんが,本製品において記録停止の回避ならびに記録の修復を保証することは致しかねます。特に,その記録停止期間中の損失が弊社の事由に起因する場合は,法律等に従い相当な範囲で損害賠償責任を負うなど,本書に記載の範囲につきましては誠心誠意を持って対応させていただく所存でございます。
(略)

その後,さらなる本件ファームウェアの修正(第2次修正)が必要となったが,その開発適用費用4000万円の負担割合について協議が整わず,結局,Xから委託を受けた第三者が適用作業を実施した。


Xは,Yに対し,上記無償保証合意の債務不履行に基づく損害賠償として,約2700万円の支払いを求めたのに対し,YからXに対し,保守作業を実施したとして,保守契約に基づく報酬請求ないしは商法512条に基づく報酬として約1800万円の支払いを求めた。

ここで取り上げる争点

(1)無償保証合意に基づくYの債務の内容
(2)Yの債務不履行によるXの損害
(3)Yによる反訴請求

裁判所の判断

争点(1)について


かなり事実関係が入り組んでいてわかりにくいが,Yは,無償保証に関する書面を提出した当時に明らかになっていなかった2度目のファームウェア適用については含まれていないと主張していた。

前記認定の事実経過によれば,本件文書は,本件ストレージに発生した障害への対策として本件一次修正版ファームウェアの適用及びPSUの交換が行われた後にも,WDT,ExtBusReset,DDF(Array)の障害が発生していた段階で作成されたもので,その作成された時点においては,被告においても,本件一次修正版ファームウェアの適用では障害の対策として不十分であり,修正すべき内容は判然としていなかったものの,WDT(BATRY),DDF(Array)については恒久対策として更なるファームウェアの修正が必要であることを認識していたことは明らかであるから,本件文書の上記記載部分の意味するところは,(略)上記ア?の恒久対策のファームウェア及び部品個体に対する対策とは,上記WDT,ExtBusReset及びDDF(Array)の障害(以下,併せて「本件各障害」という。)が発生することを防止するための本件ファームウェアの再修正作業及び本件各障害に関係する部品についての対策作業を行うことを意味するものと解するのが相当であって,被告は,原告において作成した案文に基づいて被告が作成した本件文書を原告に交付することによって,本件一次修正版ファームウェアの適用及びPSUの交換後にも生じていた障害に対する対応として,その費用を被告負担として,PSUの交換漏れの有無の点検及びバッテリー再生スケジュールの設定変更のみならず,本件ファームウェアの再修正(プロミスに本件ファームウェアの再修正作業を行わせることを含む。以下同じ。)及び適用作業並びに本件各障害によって損壊した部品についての対策作業を行うことに同意したものと認められる。

として,Yの主張を退けた。調停に付されていた際に作成された調停委員会の意見では,二次修正については含まれないとの意見が出されていたが,調停委員会の意見提示後に提出されたXの証拠によって,上記意見とは異なる認定がなされている。


争点(2)について


Yは,上記無償保証合意に基づいて本件ファームウェアの再修正,適用をすべき義務を負っていたところ,第2次修正をしなかったことから,債務不履行があったとした。


損害として認められたのは,Xがファームウェア適用作業を委託した業者に約800万円,作業の際の警備会社費用約550万円については認めたが,Xの社内の約1150時間相当分の人件費については,「Yが適用作業を行っていたとしてもXに生じた費用であると推認できる」として,相当因果関係のある損害ではないとした。そのほかにも,消耗品等の費用,その設置費用については,無償保証合意の範囲内とは認められていない。


以上より,約1350万円を限度に損害賠償請求が認められた。


争点(3)について


詳細は割愛するが,障害によって生じた保守作業については,無償保証合意の範囲内であり,保守契約の成立や商法512条に基づく報酬請求が認められる余地はないとされた。


しかし,その他の原因で生じた部品の損壊の対応費については,部品費(約400万円),交通費(約60万円),出張費(約460万円)の合計約920万円の限度で認められた。

若干のコメント

機器の度重なる故障に業を煮やしたエンドユーザからの無償保証要求について,システムインテグレータと,ハードウェアのサプライヤーとの間でどのような範囲が無償対応とされるのかが争われました。


本件では「無償保証」という用語が明確に書かれていたものの,障害が収束していない段階で,どの範囲まで対応することが双方の合意事項となっていたのかが問題となっています。


裁判所は必ずしも現に明らかになっている範囲だけでなく,合理的に認識できる範囲についても無償保証の合意内容になっているとしました。


Yは,単なるストレージの売主に過ぎないのに,ファームウェアの修正作業を保証する法的根拠を見出しがたく,通常の商取引として合理性を欠く,とも主張していましたが,種々の取引関係から,「Yが本件二次修正版ファームウェアの適用に必要な費用を負担することを義務付ける法的根拠はないものの,Yがこれに同意したことが,およそ通常の商取引として合理性を欠くとはいえない」としました。


保証の内容を示す文言も,何度か修正を経たことや,謝罪などのやり取りも明らかになっています。本件の書面は,障害発生後に差し入れられたものですが,保守契約を締結する場合においては,保守業務の範囲を明確に(逆にいえば,追加報酬が発生する作業の範囲)しておくことが重要でしょう。