IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

競業他社からの業務請負と懲戒解雇 東京地判平25.2.28(平23ワ25441号)

競業他社からの業務を請け負ったとして懲戒解雇された元従業員が退職金,割増賃金等の支払いを求めた事例。

事案の概要

情報システムの開発等を行うYの元従業員Xは,平成10年にアルバイトとして入社し,平成12年に正社員となった。平成21年の退職当時は開発事業部に在籍してWebマスターとしてWebサイト制作,運営業務に従事していた。


Yの退職金規定には勤続3年以上の社員を対象とし,(基本給+役職手当)×(勤続年数−2)×退職事由係数を支給するとしていた。ただし,懲戒解雇の場合には支給しないとされていた。


Xの上司だった取締役Dが平成21年7月20日にYを退職して,競業会社Bを設立し,元同僚を雇用し,Yの顧客を奪取するなどの競業行為を行っていた(DとYとの間では別途訴訟がある。)。


Xは,Dの依頼を受けて平成21年12月から平成23年1月に渡って,Bの仕事を請け負い,顧客奪取に加担した。Yは平成23年1月19日に,Xの行為は競業禁止,信用失墜行為等に該当するとし,20日付で懲戒解雇にするという通知をし,Xは同日退職した。

ここで取り上げる争点

懲戒解雇の有効性と退職金不支給の有効性


なお,Xは在籍期間中の未払い残業代も請求していた。労働時間や,みなし残業合意の成立など,細かい争点があるが,ここでは割愛する(約183万円と同額の付加金について認められている。)。

裁判所の判断

裁判所は次のように述べてXに対する懲戒処分は有効だとした。

Xは,Yの従業員として本件雇用契約の継続中,使用者であるYの利益に著しく反する競業行為及び顧客等の奪取行為を差し控える義務(以下「競業避止義務等」という。)を負っているものと解されるところ,前記基礎事実によるとXは,Dが競業会社であるBを設立した上,その顧客を奪取し,あるいは奪取しようとしていることを認識しつつ,本件雇用契約の継続中であるにもかかわらず,平成21年12月ころから1年余りにわたって継続して本件競業行為等に加担したこと,そして,その加担の内容は,競業業務(ホームページのデザイン作成作業等)の手伝いにとどまらず,Yの重要顧客(b社,d社,c社,e社等)に関するホームページのデザイン制作という顧客奪取にとって不可欠な行為にまで及んでいるばかりか,その態様もEメール等によりDのほかBの担当者との間でかなり周到な連絡を取り合った上,X宅だけでなく,Yの就業時間内においても,Yのパソコンを利用するなどして行われているほか,その対価としてXは,飲食代をおごって貰ったり,10万円程度の報酬を受け取るなどしたこと,そして,実際にXの上記加担期間中におけるYの重要顧客からの売上にかなりの減収が生じていることなどの事実関係が認められる。

以上の事実関係によると本件競業行為等への加担は,上記競業避止義務に著しく違反する悪質な行為であるといわざるを得ず,本件就業規則63条?「勤務態度等」(会社の許可または命令なく,在籍のまま他の会社または事業所その他の外部団体に勤務し,または,自己の事業を営んだとき),同?「風紀・秘密保持・職場規律・犯罪」(業務に関し,不正,不当に金品その他を拝受したとき)及び同?「信用失墜行為・監督違反」(会社外において会社の信用,名誉を傷つけるような行為があったとき)に該当する。

そうだとすると本件競業行為等への加担の性質及び態様等に照らすと本件懲戒解雇は,「客観的に合理的な理由」を欠くものではなく,かつ,社会通念上も相当と認められ,有効と解するよりほかはない。


なお,Xによる「勤続の項を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為に当たるものと評価できない」という主張については,これを認めず,退職金不支給規定は全面的に適用されるとした。

若干のコメント

IT業界では,退職,転職,独立などの人の流動性が高く,起業のハードルも低いことから,本件のように競業行為,従業員の引き抜き,営業秘密の持ち出し,といった紛争が多く発生しています。


本件では,元上司が先に独立し,従業員を多く引き抜いている中で,断りづらい状況であったとはいえ,会社の利益に真っ向から反する競業行為を,勤務時間中に行ったという行為態様から懲戒解雇が有効だとされました(もっとも,競業行為の報酬はほぼゼロか飲食代程度であったようです。)。


とはいえ,Xが請求していた退職金は約168万円だったところ,割増賃金の不払いについての付加金が約183万円(割増賃金と同額)認められており,結論として座りがいい金額のところに落ち着いています。


ちなみに,懲戒解雇が有効であれば,退職金不支給が常に可能かというとそうではありません。退職金は功労褒賞的な面を有しつつも賃金の後払い的性質も有すると考えられており,「労働者の過去の労働に対する評価を全て抹消させてしまう程度の著しい不信行為があった場合」に限り退職金不支給措置が許されるとされています。