IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

既履行分の解除 東京地判平25.7.19(平23ワ22334)

開発業務が中途終了し,ユーザから解除された場合において,代金支払済みの既履行分にまで契約解除の効力が及ぶかどうかが問題となった事例。

事案の概要

米国デラウェア州法人Xは,システム開発業Yに対し, SNSサービスサイト(本件サイト)の構築を2万ユーロで委託した(本件契約)。支払方法は,着手金として5000ユーロ,残りの15000ユーロは,進捗に応じて,第1段階から第3段階までの各段階が完了するごとに5000ユーロ支払うこととされた。


Xは,上記の定めに従って,着手金と,第2段階までの合計15000ユーロを支払ったが,少なくとも第3段階について納入がなかったとして,本件契約を解除し,既払い金15000ユーロの返還と,損害賠償32000ユーロの合計47000ユーロの支払を求めた。

ここで取り上げる争点

前提問題として,Yの作業はどこまで完了していたのかが争われていた。第1段階までの履行が完了していることには争いがなかったが,裁判所は,第2段落の履行業務は履行されていないと判断した。


また,Yの履行遅滞について,Yは,Xの信用不安等を挙げていた(いわゆる不安の抗弁権の行使)が,この点についても裁判所は排斥した。


ここでは,Xによる本件契約の解除の効力が,既履行分(少なくとも第1段階までは終わっていた)にも及ぶかどうかという点を取り上げる。

裁判所の判断

上記争点について,裁判所は次のように述べた。

(1)  Yは,第3段階の不履行を理由とする本件契約の全部解除は許されない旨主張するところ,仮に,契約が可分であり,かつ,分割された給付につき相手方が利益を得ていると認められる場合には,未履行部分についての一部解除しかすることができないと解するのが相当である。

(2)  これを本件についてみるに,本件契約は,第1段階から第3段階までの各段階ごとに進捗管理がされ,分割金も各段階が「完了した後」に支払われるものとされていることからすると,本件契約は,上記各段階ごとに可分なものと解する余地はあると解される。

しかし,本件においては,Yが履行していないことを自認する第3段階のみならず,第2段階の作業が完了したといえないことは上記1のとおりである上,乙25によれば,第1段階についても,これを構成する全24項目のうち,必要な作業が完成していない(NOK)とみられる項目が,バックエンドで3項目,フロントエンドで17項目に上っていることが認められ,このような作業状況に照らすと,本件契約が各段階ごとに可分なものであるとしても,当該可分な段階に対応する独立した給付が完了したということはできない。

加えて,証拠(略)によれば,Xは,本件サイトの構築を他の業者(フランスのCLYCKS社)に依頼せざるを得なくなり,その代金として3万2000ユーロを支払ったこと,その際,Yから納品を受けた成果物を利用することはできなかったことが認められ,これによれば,XがYから受けた給付により利益を受けたということもできない。Y代表者は,Xに納入した成果物は流用が可能であるとの趣旨の供述をするが,一般論を述べるものにとどまり,上記の認定判断を覆すものとはいえない。

(3)  以上によれば,本件契約は全部解除が認められるというべきであり,Yは,その原状回復義務として,受領済みの1万5000ユーロの返還義務を負う。


なお,Xは,上記の他の業者に依頼に要した32000ユーロについての損害賠償も請求していたが,委託代金支払債務が免除された以上,他の業者の委託代金が損害とはなりえないこと,Yへの委託代金20000ユーロとの差額についても,因果関係が立証されていないとして退けられた。

若干のコメント

本件の主文第1項は,次のようになっていて,支払通貨の単位が「ユーロ」でした。

被告は,原告に対し,1万5000ユーロ及びこれに対する平成23年8月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


それはさておき,本件では,開発がベンダの責めに帰すべき事由によって途中で頓挫した場合における解除の範囲がどこまでか,という興味深い論点についての判示がありました。


判決日が1日違いですが,東京地判平25.7.18(http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20140505/1399260492)でも同様の論点について述べてました。


結局,両判決に共通するのは,「契約が1個の契約であったとしても,ユーザが可分で独立した利益を得ている場合には,解除の効力は独立して利益を得た部分には及ばない」という点です(本件では,事実認定のレベルで「独立した給付が完了したということはできない」とされましたが,上記引用判例では,一部について給付完了を認定。)。


一定規模以上の開発では,契約が分割して締結されることが多いですが,それは上記のような法理を当事者間で明確にすることを確認している,とみることもできます。しかしながら,著名なスルガ・IBM事件*1では,不法行為構成で,個別の契約の履行,給付の完了の有無について判断することなく損害額を認定していますので,事案によって判断枠組みが確定していないといえます。

*1:高裁判決については,http://d.hatena.ne.jp/redips+law/20131007/1381072443。現在上告審係属中