IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

完成前の解除と既払金の返金と契約の性質 東京地判令2.3.13(平29ワ32845)

アプリ開発において契約が解除され、既払い金の返還が争われた事案において、契約の性質が請負契約か、技術・労務提供を目的とした無形契約であるか等が争われた事例。

事案の概要

XはYに対し、建築業向け勤怠システム等のアプリケーション(本件アプリ)の開発(本件契約1)と、コマーシャルTシャツの試作品の制作(本件契約2)をそれぞれ委託し、前金として順次代金を支払っていたところ、Yが完成を遅滞したとして解除し、不当利得返還請求権に基づき、既払い金合計2442万円の支払いを求めた。

ここで取り上げる事案

(1)本件契約1の性質

Xは本件契約1は請負契約であると主張していたのに対し、Yは技術・労務の提供を目的とする無名契約であると主張していた(解除した場合の不当利得返還請求の範囲に影響すると考えられる。)。

(2)本件アプリの完成の有無

裁判所の判断

争点(1)について

裁判所は、Xの主張どおり本件契約1は請負契約であるとした。

YがXに対して交付した本件契約1に関する確認書には,「万が一,開発が行われない場合にはご返金いたします。」との記載がされている一方,XとYとの間で,本件アプリの開発が行われなかった場合に,Xが支払った代金をどのように精算するかという点について,上記と異なる内容の合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,本件契約1等については,Yが本件アプリの開発を完了した場合には,代金を受領することができるが,本件アプリの開発が行われない場合には,代金として受領した金員を原告に返還することが前提とされており,本件契約1等は,Yが本件アプリを完成させ,Xに対して引き渡すことを内容とする請負契約であると認められる。

争点(2)について

裁判所は、完成の立証がないとしてYの主張を退けた。

Yは,平成29年1月25日までに,本件アプリの主要機能である位置情報の取得及び危険エリアの設定についての開発を完了させたと主張する。
しかし,Yは,本件において,ソフトウェアの画面を印刷した書面(乙4)を提出するほかは,本件アプリの開発の進捗状況を示す客観的な証拠を提出しておらず,上記画面と本件アプリがいかなる関連を有するかも不明であることから,これをもってしても,本件アプリの開発がどの程度進捗していたかは不明というほかなく,本件アプリの主要機能の開発が完了していたと認めることはできない。

本件契約2(Tシャツ試作品制作)についても納品が認めず、Xの請求について満額を認容した。

若干のコメント

非常にシンプルな判決だったので、詳しい事実関係は不明ですが、事件番号からすると平成29年(2017年)の後半に訴えが提起され、判決が令和2年(2020年)に出たということは2年半ほど要したということで、いろいろと複雑な審理経過をたどったのではないかと推察されます(事件記録は確認していません。)。

請負契約であれば、完成しなければ一切の代金を支払わなくてもよいと考える方は少なくないですが、改正債権法で明文化されたように、途中で解除された場合でも(請負人に帰責性があっても)一定の条件のもとで割合的に代金を請求できるはずですが(下記民法634条)、本件では「本アプリについて前払いとして金1,000万円を受領しますが,万が一,開発が行われない場合にはご返金いたします。」と書かれた確認書を交付された事実から、そのような割合的報酬請求権を放棄したと考えられたのかもしれません。

(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
第六百三十四条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

また、完成の有無については、これまで多くの裁判例で予定された工程が最後まで行われたかどうかで判断するとされていたところ、本件ではそのような規範が持ち出されるまでもなく、請負人による主張立証が十分であるとしました。