IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

転職口コミサイトへの書き込みに関する権利侵害の成否 東京高判平30.3.8(平29ネ5032)

転職情報サイトの「社長はワンマン」等の書き込みについてプロ責法に基づく発信者情報開示請求がなされた事案において,一審で開示を求めたが,控訴審で判断が覆った事例。

事案の概要

いわゆる転職口コミサイトに
「経営者がワンマンで「右へ倣え」。経営者の気持ち一つで評価が変わり,評価が下がると針のむしろに座ったような毎日を過ごすことになる」,「経営側にうまくごますりができる人間しか生き残れない」(以上,記載1),
「非常に離職率が高く,ここ3年は,入社3年未満で退職した数字が非常に高く,長期的に安定して働ける環境ではない。特に新卒,第二新卒の人にはオススメできない会社」(記載2),
「社会人としての仕事のやり方やマナーは一切教えてくれないので,自分で覚える自信がなければ,ここで働かないほうがよい。」(記載3)
などの書き込みをされたことにより,社会的評価が低下し,人格権を侵害されたとする会社Xが,プロバイダ責任制限法4条1項に基づいて,掲示板管理者に対して発信者情報の開示を求める仮処分を申し立てたところ,東京地裁が,これを認めて,IPアドレス等を仮に開示する命じる決定をした。この決定に基づいて,プロバイダYに対して,発信者情報の開示を求めた事案である。


原審(千葉地判平29.10.12(平28ワ2462))は,プロ責法4条1項1号,2号の要件を満たすとして,開示を命じた。

ここで取り上げる争点

プロ責法4条1項1号「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」を満たすか。特に,違法性阻却事由が存在しないといえるか。

裁判所の判断

まず,各記載が,Xの名誉を棄損するものであることを認め,違法性阻却事由が存在しないことについて,以下のように判示した。

事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,上記行為には違法性がなく,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。一方,ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,上記行為は違法性を欠くものというべきであり,仮に上記証明がないときにも,行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当な理由があれば,その故意又は過失は否定される(最高裁昭和60年(オ)第1274号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2252頁,最高裁平成6年(オ)第978号同9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁参照)。

これは,新しい判断ではない。名誉棄損の類型を二つに分けて,違法性阻却の要件として,(i)事実摘示による名誉棄損の場合には,公共性,公益性に加えて真実性(または真実と信じるについて相当の理由があること)を,(ii)意見ないし論評の表明による名誉棄損の場合には,公共性,公益性に加えて前提となる事実の真実性を必要とするという規範を示した(このあと,この2類型の区別法についても判示しているが,割愛する。)。


そのうえで,本件記載2のうち「長期的に安定して働ける環境ではない。特に新卒,第二新卒の人にはオススメできない会社」とある部分及び本件記載3のうち「自分で覚える自信がなければ,ここで働かないほうがよい。」とある部分については,(ii)の類型で,残りは(i)であるとした。


「転職会議」は,企業の「仕事のやりがい,面白み」「ワークライフバランス」「年収,評価制度」等に関する口コミが掲載されて転職希望者に情報を提供する機能を果たしていることなどから,公共性,公益性が優に認められるとした。


さらに,Xの離職率や,40代半ば以上の年齢層の社員が少ないこと,パワハラがあったといえること等の事実を認定した上で,

そうすると,「経営者がワンマンで「右へ倣え」。経営者の気持ち一つで評価が変わり,評価が下がると針のむしろに座ったような毎日を過ごすことになる」,「経営側にうまくごますりができる人間しか生き残れない」との記載(本件記載1),「非常に離職率が高く,ここ3年は,入社3年未満で退職した数字が非常に高く,」との記載(本件記載2),「社会人としての仕事のやり方やマナーは一切教えてくれない」との記載(本件記載3)は,それぞれ,摘示された事実について,その重要な部分について真実であることが窺われ,また,「長期的に安定して働ける環境ではない。特に新卒,第二新卒の人にはオススメできない会社」との記載(本件記載2),「自分で覚える自信がなければ,ここで働かないほうがよい。」との記載(本件記載3)は,それぞれ,意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることが窺われる。

と認めた。したがって,Xの権利が侵害されたことが明らかであるとはいえないとした。その他のXの反論も退けて,原判決を取り消し,請求が棄却された(発信者情報の開示は認められなかった)。

若干のコメント

発信者情報開示請求の実務事情については,私はあまり明るくないのですが,企業がこうした転職口コミサイトの投稿に悩まされているという話はときどき聞きます。また,転職活動をしている人は,こうしたサイトで多く情報収集していますから,ネガティブな投稿が多ければ,応募者が集まってきません。本当にブラック企業であれば,たとえ当該企業にとって不利益で名誉を棄損する内容だったとしても,そのことは広く知られるべきであり,発信者の表現の自由が優越すると考えられますが,この種の書き込みは,退職者らの不満を腹いせに書き込んでいるものも少なくなく,対処に悩まされることも容易に想像されます。


特に名誉棄損については,真実性(+相当性)が問題になることが多いですが,発信者情報開示請求の事案では,それに加えて,プロバイダである被告は第三者ですので,投稿の真実性を立証する手段に乏しいといえます。


判決文からは詳細な事情はわからないものの,本件では,Yは,発信者本人から,Xの実態について情報収集し,「経営者がワンマンで「右へ倣え」」などの事実が認定されて原審が覆っており,興味深い事例だといえます。