映画のパンフレット,ポスター等に無断でタイプフェイスを使用したことについて著作権侵害が争われた事案。
事案の概要
Xは,本件タイプフェイスについて著作権を有しており,Yが配給上映した映画の予告編やパンフレット,ポスター等に本件タイプフェイスの一部の文字を使用したことが著作権(複製権)侵害にあたるとして,Yに対し,損害賠償請求を求めたという事案である。
本件タイプフェイスの一部を示す。
ここで取り上げる争点
本件タイプフェイスの著作物性
裁判所の判断
まず,いわゆるゴナU事件を引いて次のように述べた。
著作権法2条1項1号は,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ,印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには,それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり,かつ,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である(最高裁判所平成10年(受)第332号平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)。
本件では,本件タイプフェイスのほか,複数のタイプフェイスとの対比が行われた。下記にその対比表のうち,「ア」と「シ・ジ」の部分を示す。このように複数の他のタイプフェイスとの対比を通じて,裁判所は次のように判断した。
ア 対比表記載の本件タイプフェイス以外の各タイプフェイス(以下「対比タイプフェイス」という。)欄の括弧内に記載された各証拠及び弁論の全趣旨によれば,対比タイプフェイス欄に記載された制作年に対比タイプフェイスがそれぞれ制作されたことが認められるところ,Xの主張に係る本件タイプフェイスの制作年である平成12年(2000年)までに制作された対比タイプフェイスに限って対比した場合においても,Yにより使用された文字のうち,「シ」,「ッ」,及び「ギ」「ジ」「デ」「ド」「バ」「ブ」「ベ」「ボ」における濁点「゛」の部分(以下,単に「濁点」という。)以外の文字については,本件タイプフェイスに類似する対比タイプフェイスの存在が認められ,本件タイプフェイスの制作時以前から存在する各タイプフェイスのデザインから大きく外れるものとは認めがたい。
イ 他方,本件タイプフェイスにおける「シ」,「ッ」,及び濁点の各文字については,2つの点をアルファベットの「U」の字に繋げた形状にしている点において従来のタイプフェイスにはない特徴を一応有しているということはできる。しかしながら,2つの点が繋げられた形状のタイプフェイス(CLEAR KANATYPE(乙17,97)及び曲水M(乙15))の存在を考慮すれば,顕著な特徴を有するといった独創性を備えているとまでは認めがたい。
ウ 以上からすれば,本件タイプフェイスが,前記の独創性を備えているということはできないし,また,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているということもできないから,著作物に当たると認めることはできない。
以上より,他の争点もあったが,請求はすべて棄却された。
若干のコメント
タイプフェイスの著作物性は,本文中にも示した最判平12.9.7が示した「それ自体が美的鑑賞の対象となり得る」といったような高いハードルを設定しており,なかなか著作物性が認められにくいところです。
本件では,Xは,個々の文字を独立して判断すべきではない,と主張しましたが,裁判所は,
複製権等の侵害の成否は,現に複製等がされた部分に係る著作物性の有無によって判断すべきであること,タイプフェイスは各文字が可分なものとして制作されていることからすれば,Yにより現に利用された文字につき著作物性を判断するのが相当である。
と述べて,文字セット全体で判断するのではなく,文字単位での著作物性判断をすると述べています。
本件タイプフェイスは,確かに特徴的な部分があるものの,本判決でも述べていたように,顕著な特徴があるとまでは評価できず,最高裁の基準に照らせば,この判断もやむを得ないところです。
なお,このような著作物性の判断からすると,商用フォントの多くは著作物性を欠くとして,いくらでもコピーできるかというと必ずしもそうではありません。商用フォントの使用許諾条件に違反すれば,債務不履行になりますし,第三者が故意に行えば不法行為責任が問われることもあるでしょう。