IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

工数増加分の追加報酬請求の可否 東京地判平7.6.12判タ895-239

当初の予定工数より大幅に開発工数が増加した場合における追加報酬の可否が問題となった事例。

事案の概要

B(NEC)が,A電力(東電)向けの水力発電管理システムをYに発注し,Yは,Xに対して下請発注をした。Yの説明によれば,当該システムの規模は3万5000ステップほどで,35-40人月程度だと想定されたことから,YからXへの委託金額は,2862万円とされた。


しかし,実際に開発されたシステムは10万ステップを超えるものであったことから,XはYに対し,増加工数分の報酬として約1億4000万円を請求した。

ここで取り上げる争点

(1)そもそもXが受託した業務の内容・範囲は何であったか。
(2)Xが受託した業務について,規模を拡大して増額する旨の合意が成立したか。

裁判所の判断

争点(1)について。

Xは,35000ステップ程度のシステムの開発・テスト業務を受託したと主張し,Yは,基本設計書に書かれていたシステムを完成させる業務であったと主張した。この点に関し,裁判所は次のように認定した(原告=X,被告=Y)。

原告の受託業務の規模(作業工数)については、被告が原告との間で本件システム開発の打合せを開始した昭和六一年七月一日当時、詳細設計書は完成しておらず、被告は、本件システムの規模は最大三万五〇〇〇ステップ、工数は三五ないし四〇人月と見込まれると説明し、実際に詳細設計書(第二版)が確定したのは同年九月一六日であった。一方、原告は、同年七月九日、委託代金の概算額を三三〇〇万円ないし三〇〇〇万円程度と見積もり、被告に対して、右金額は被告算出の三万五〇〇〇ステップを基に算定した数字であると説明した。原告が同月一六日に被告に提出した見積明細書(甲第七号証)には、原告の作業工数は三万五〇〇〇ステップ、34.70人月で、代金は二八六二万七五〇〇円と記載されており、また、原告が同年九月二二日、被告に提出した正式な見積書(甲第八号証)にも、決定価格二八六二万円、作業工数三万五〇〇〇ステップと記載されている。

などと,交渉過程では,繰り返しYから説明にあったステップ数,工数が見積の基礎となって価格が決定されたことが認められている。ところが,

専門的知識、能力を有する原告としては、本件契約を締結するまでの間において、本件システムの内容を十分に理解し、それを前提として原告の受託業務の規模及び範囲等を原告の立場において判断し、見積額を算定することが可能な状況にあったものである。

と,Xには,Yに言われっぱなしではなく,自分の責任で見積額を算定されるべきであることが示唆された上で,

原告は、被告から、交渉開始の段階で作業工数三万五〇〇〇ステップを示された後、同年七月九日に三三〇〇万円ないし三〇〇〇万円の概算を算定し、同月一六日の見積書では二八六二万七五〇〇円と算定し、さらに同年九月三日の交渉では、被告に対し、見積資料等が不十分なため総価格で決めざるを得なかったことを説明し、同月一〇日、最終的に委託代金額を二八六二万円にすることを了承したものである。本件契約書には、業務の対価を総額二八六二万円とすること等の約定事項が具体的に記載されているが、作業工数の記載はない。
以上要するに、本件契約において、原告の受託業務の規模が三万五〇〇〇ステップ程度であることを前提として委託代金額を決定した事実は存在しないのである。

と,ステップ数や,工数に応じて報酬を支払うといった合意はないとされた。


続いて,争点(2)について。


Xが,報酬増額についての合意があったという主張については,交渉経緯について丁寧な事実認定がなされた結果,

以上要するに、原告及び被告間において、原告の委託代金額を変更すること及び本件システムの規模の拡大について原告に責任がないことが判明した場合には、原告の相当報酬を委託代金として被告が支払う旨の合意が成立した事実は存しない

と切り捨てられている。


さらにXは,明確な合意がなくとも,商人間の取引であるから商法512条の適用により,相当報酬額の請求ができるという主張をしたが,この点について,

原告の業務は当初の契約内容に従った開発業務の範囲内であることに変わりはなく、右業務に関する対価は、本件契約当初に確定代金として約定されている委託代金額ですべてカバーされているものである。
(略)
原告の本件契約に基づく受託業務の対価は、契約当初の委託代金額であると認められる。
よって、原告の被告に対する商法五一二条に基づく報酬請求権の主張は理由がない。

と,ばっさり切り捨てられ,Xの請求はすべて棄却された。

若干のコメント

下請業者のXとしては,かなり厳しい判決となった。事実認定においても,工数,ステップ数の増大が,Xの帰責性によるものだということまでは認定されたわけではないが,契約書の記載や,交渉過程からは追加の報酬請求は認められなかったといえる。


本件では,見積書には,工数,ステップ数の記載があったものの,契約書にはそのような記載がなかった。そうすると,委託報酬の代金は,工数,ステップ数の変更に応じてスライドするという契約だとは解釈されにくい。特に,請負契約の場合は,仕事を完成させることを目的とする契約であるから,目的物そのものが明示的に変更されない限り,追加報酬の請求は難しいだろう。


準委任契約で行われる要件定義や,運用テスト支援業務などにおいては,契約書中に「想定工数:35人月」とか,「単価:115万円/人月」などと書かれることがある。このような記載があれば,直ちに工数増加分を発注者に請求できるかというと,そうでもないと思われる。なぜなら,工数をベースに報酬が決定されたことは明らかだとしても,工数の変動によって報酬の増減がなされることまでが合意されたかどうかは明らかではないからだ。


ベンダ側は,ユーザ側の協力が不可欠なフェーズにおいて準委任契約を採用することが多いことから,工数が増加した場合には,追加の報酬を請求したいと思う一方,ユーザ側には,デキの悪いやつが来るほど報酬が増加する,という仕組みに写るため,理解は得られにくい。


経産省モデル契約でも,この問題が意識されており,変更管理手続に関する規定が導入されている。しかし,基本は,問題が起きたときの協議の手続を定め,双方の承諾がなければ契約変更の効果が生じないことや,場合により作業中断や契約解除ができるということなどが定められているにとどまる。


契約上の手当てとしては,このあたりでも仕方ないが,実務的には,結局のところ,いかにうまく取りまとめて前に進めるかというプロマネの力の問題に帰結することになる。