IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

SEに対する裁量労働制の適用を否定した例 京都地判平23.10.31平21ワ2300号

SEとして勤務していた元従業員からの時間外割増賃金請求に対し,裁量労働制の適用を認めず,元従業員の請求を認めた事例。

事案の概要

システム開発業のX社は,パッケージソフトWのカスタマイズを主な事業としており,大口顧客としてC社があった。そのC社のチームリーダーにはYがアサインされていた(8,9人が所属していた)。


C社からのクレームが続くなどして,C社からの売上が減少したことから,Yは叱責され,その後退職した。X社はYに対し,適切な業務遂行を怠ったことによって損害を被ったとして,約2000万円の損害賠償を請求した(本訴)。


これに対し,Yからは,反訴として,時間外割増賃金と付加金の請求を行った。Yの当時の年収は500万円少々であった。Yは,システム分析,設計のほか,プログラミング作業は,C社に対する営業も行っていた。

ここで取り上げる争点

  1. Yは,C社からの売上が減少したことによる損害賠償責任を負うか
  2. Yには,専門業務型裁量労働制が適用されるか
  3. Yは,労基法上の管理監督者にあたるか

裁判所の判断

争点1について。次のように述べてあっさりと否定している。

労働者が労働契約上の義務違反によって使用者に損害を与えた場合,労働者は当然に債務不履行による損害賠償責任を負うものではない。すなわち,労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随,内在化するものである(報償責任)し,業務命令内容は使用者が決定するものであり,その業務命令の履行に際し発生するであろうミスは,業務命令自体に内在するものとして使用者がリスクを負うべきものであると考えられる(危険責任)ことなどからすると,使用者は,(中略)加害行為の予防若しくは損害の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,労働者に対し損害の賠償をすることができると解される(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁参照)。

・・受注が減ったという経過は前記認定のとおりであるが,Yにおいてそれについて故意又は重過失があったとは証拠上認められないこと,X社が損害であると主張する売上減少,ノルマ未達などは,ある程度予想できるところであり,報償責任,危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであると考えられること(中略),X社が主張するような損害は,結局は取引関係にある企業同士で通常に有り得るトラブルなのであって,それを労働者に負担させることは相当ではなく,X社の損害賠償請求は認められないというべきである。


争点2について。労働基準法及び施行規則に定める裁量労働制の対象業務として挙げられている「情報処理システムの分析又は設計の業務」には,

プログラミングについては,その性質上,裁量性の高い業務はないので,専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれないと解される。営業が専門業務型裁量労働制に含まれないことはもちろんである。

とした。また,業務の実態に照らしても下請事業者であるX社は,C社からタイトな納期のもとで作業をしていたことなどから,業務遂行の裁量性はかなりなくなっていたとして,否定された。


争点3について。労働基準法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(これに該当する者には会社は時間外割増賃金の支払義務が生じない。)とは,

(1)業務内容,権限及び責任に照らし,労務管理を含め,企業の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか,?その勤務形態が労働時間等に対する規制になじまないものであるか,(2)給与(基本給,役付手当等)及び一時金において,管理監督者にふさわしい待遇がされているかなどの諸点から判断すべきものである


とした上で,

((1)については)会社の経営方針については,幹部会議に出席して意見を述べることができる程度の立場にあったにとどまり,証拠上企業の事業経営に関する重要事項に関与していたとは認めることができない。
((2)については)役職手当としては5000円であり,とうてい管理監督者に対する手当としては十分なものは(ママ)いえない。

などを挙げて,管理監督者にもあたらないとした。


ただ,実際に,Yの時間外労働時間は正しく記録されていなかったことから,割増賃金の額も問題となったが,平均労働時間の80%に相当する時間外労働をしていた,と推定され,消滅時効が経過していない期間(2年前から退職まで)について,約567万円の未払額を認め,さらに,それと同額の付加金の支払いを命じた。


なお,Yがうつ病に罹患したことや,X社による損害賠償請求が濫訴であることなどを理由に慰謝料の請求も行ったが,こちらは認められなかった。

若干のコメント

本件は,SEという職種においても,常に裁量労働制が適用されて時間外割増賃金を支払わなくてもよいというわけではないという事例として紹介しましたが,特徴的なのは,会社から退職従業員に対して,2000万円もの損害賠償を実際に請求し,提訴したという点が挙げられます。


ときどき,会社から,「プロジェクトマネジャーの業務怠慢でプロジェクトがうまくいかなかったが,損害賠償請求できるだろうか」というような相談を受けることがあるが,上記のような観点から,ほぼ無理だという回答をしています。あり得るとすれば,故意に顧客に対して虚偽の説明をしていたとか,情報を隠匿したとか,予算を私的に使い込んだとか,そういった事情がある場合に限られるでしょう。


SEという職種以上に,裁量があるといわれるITコンサルティング業務も,専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれています(事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務)。ただし,本件と同様に,その実態として裁量の余地がない者(よくあるケースとしては,経験の浅いコンサルタントであって,チームの一歯車として動かざるを得ない者)については,適用されない場合もあり得るでしょう。