IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

釣りゲームの著作権侵害 東京地判平24.2.23(平21ワ第34012号)

グリーが,DeNA及び開発会社に対し,携帯電話向けの魚釣りゲームの著作権を侵害したとして,差止等を求めた事例。

事案の概要

グリー(原告)が,DeNA及び開発会社(被告)に対して,携帯電話用魚釣りゲーム「釣りゲータウン2」(被告作品)が,グリーが開発した「釣り★スタ」(原告作品)と,魚を引き寄せる動作を行う画面の影像などが類似するとして,原告作品にかかる著作権(翻案権,公衆送信権)及び著作者人格権を侵害すると主張し,ゲームの配信の差止めや,損害金約9億4000万円の賠償を求めた事例。原告は,著作権侵害のほか,不正競争防止法2条1項1号違反も主張している。


原告作品は,平成19年5月から配信が始まった。被告は,原告作品と類似していない旧作品を平成20年8月ころから配信していたが,続編として,被告作品を平成21年2月から配信を開始した。

ここで取り上げる争点

(1)被告作品における「魚の引き寄せ画面」が,原告作品の「魚の引き寄せ画面」の著作権及び著作者人格権を侵害するか
(2)被告作品における主要画面の変遷が,原告作品の主要画面の変遷の著作権及び著作者人格権侵害
(3)著作権侵害が成立するとした場合の損害の額

裁判所の判断

争点(1)(「魚の引き寄せ画面」)について

問題となった「魚の引き寄せ画面」は,以下の通り。


(左:原告グリーの画面,右:被告DeNAの画面)


両者の共通点として次のような点を認めた(適宜改行を挿入)。

原告作品と被告作品の魚の引き寄せ画面とを対比すると,両者は,
(1) 水面及びその上の様子は画面から捨象され,水中のみが真横から水平方向の視点で描かれている点,
(2)水中の画像には,中心からほぼ等間隔である三重の同心円が描かれ,同心円の中心が画面のほぼ中央に位置し,最も外側の円の大きさは,水中の画像の約半分を占める点,
(3) 水中の画像の背景は,水の色を含め全体的に薄暗い青で,水底の左右両端付近に,上記同心円に沿うような形で岩陰が描かれ,水草,他の生物,気泡等は描かれていない点,
(4) 水中の画像には,一匹の黒色の魚影が描かれており,魚の口から画像上部に向かって黒い直線の糸(釣り糸)が伸びている点,
(5) 釣り針にかかった魚影は,頻繁に向きを変えながら水中全体を動き回り,その際,背景画像は静止しており(ただし,被告作品では,同心円の大きさや配色,中心の円の画像が変化する。),ユーザーの視点は固定されている点,
(6) 上記同心円中の一定の位置に魚影がある場合にユーザーが決定キーを押すと,魚を引き寄せやすくなっている点,などにおいて共通することが認められる。
また,証拠(甲3)によれば,原告作品以前に公表された携帯電話機用釣りゲームにおいて,上記共通点をいずれも備えるゲームは存在しなかったことが認められる。


また,釣りゲームの画面表示の選択の幅については,さまざまな選択肢が考えられるとしたうえで,原告の特徴について,

原告作品は,この魚の引き寄せ画面について,(略)特に,水中に三重の同心円を大きく描き,釣り針に掛かった魚を黒い魚影として水中全体を動き回らせ,魚を引き寄せるタイミングを,魚影が同心円の所定の位置に来たときに引き寄せやすくすることによって表した点は,原告作品以前に配信された他の釣りゲームには全くみられなかったものであり(甲3),この点に原告作品の製作者の個性が強く表れているものと認められる。

とした(太字は引用者。以下同じ。)。さらに,上記で「製作者の個性が強く表れている」とした点について,被告との比較を行い,

他方,被告作品の魚の引き寄せ画面は,上記のとおり原告作品との相違点を有するものの,原告作品の魚の引き寄せ画面の表現上の本質的な特徴といえる,
「水面上を捨象して,水中のみを真横から水平方向の視点で描いている点」,
「水中の中央に,三重の同心円を大きく描いている点」,
「水中の魚を黒い魚影で表示し,魚影が水中全体を動き回るようにし,水中の背景は全体に薄暗い青系統の色で統一し,水底と岩陰のみを配置した点」,
「魚を引き寄せるタイミングを,魚影が同心円の一定の位置に来たときに決定キーを押すと魚を引き寄せやすくするようにした点」
についての同一性は,被告作品の中に維持されている。

と,共通性を認めて,

したがって,被告作品の魚の引き寄せ画面は,原告作品の魚の引き寄せ画面との同一性を維持しながら,同心円の配色や,魚影が同心円上のどの位置にある時に魚を引き寄せやすくするかという点等に変更を加えて,新たに被告作品の製作者の思想又は感情を創作的に表現したものであり,これに接する者が原告作品の魚の引き寄せ画面の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるものと認められる。

として,被告らの翻案権侵害,公衆送信権侵害を認めた。被告が,これらの原告作品の特徴は単なる「アイデア」にすぎないとした反論に対しては,

単に,「水面上を捨象して水中のみを表示する」,「水中に三重の同心円を表示する」,「魚の姿を魚影で表す」などといったアイデアにとどまるものではなく,「どの程度の大きさの同心円を水中のどこに配置し」,「同心円の背景や水中の魚の姿をどのように描き」,「魚にどのような動きをさせ」,「同心円やその背景及び魚との関係で釣り糸を巻くタイミングをどのように表すか」などの点において多数の選択の幅がある中で,上記の具体的な表現を採用したものであるから,これらの共通点が単なるアイデアにすぎないとはいえない。

と,アイデアにとどまらないことを示した。また,当時存在していた複数の携帯電話用釣りゲームの中でも,同種の機能,表現がなされた釣りゲームは原告作品,被告作品に限定されていたことも重視した。

争点(2)(「主要画面の変遷」)について

原告は,主要画面の著作権侵害のほかに,画面遷移についても著作物性があることを前提に,画面遷移についての著作権侵害を主張したが,

原告作品と被告作品とは,画面の選択において,少なからず相違点が認められる上,他の携帯電話機用釣りゲームにおいて設けられている画面の状況や,現実の釣り人の行動様式等を考慮すると,携帯電話機用釣りゲームを製作するに当たって上記アの5つの場面を設け,これを上記アのとおり配列すること自体は,ありふれたものであって,原告作品においてこれらの画面を選択,配列したことに創作性は認められず,被告作品がこのように創作性の認められない画面の選択と配列において類似していることは,被告作品が原告作品の翻案物であることを何ら根拠付けるものではないというべきである。

と,退けた。そのほかにも,非主要画面についての類似性,素材の選択・配列に関する主張があるが,いずれも退けられている。

争点(3)(損害の額について)

両者のゲームの収益構造を分析したうえで,これらが競合製品であることから,

原告は,被告らが被告作品の魚の引き寄せ画面を製作しこれを公衆送信することによって,原告作品のアイテムを取得しようとする者が減少し,その結果,上記サービスの対価や広告収入等を失うという損害が生じているものといえ,この損害は著作権法114条2項の「損害」に当たるというべきである

として,114条2項の推定規定(侵害者が得た利益を,著作権者の損害と推定する規定)が適用されることを示した。


裁判所は,被告が得た利益は,被告作品による約2年5カ月の売上約8億6400万円のほとんどすべてを限界利益と認め(被告による原価参入の主張は認めず),約7億1200万円の限界利益を認めた。そのうち,著作権侵害とされる「魚の引き寄せ画面」は,全体の利益の3割に寄与していると認定し,2億1360万円を著作権著作者人格権侵害による原告の損害として認めた(これに,弁護士費用の額2100万円を認定。)。


なお,その他の主張につき,不競法2条1項1号違反については,周知性,商品等表示性をいずれも否定し,一般不法行為民法709条)についても,あっさり否定した。謝罪広告の掲載についても必要性を認めなかった。

若干のコメント

この事件が提訴された当初のニュースで「魚の引き寄せ画面」の比較を見たところでは,正直なところ,著作権侵害が認められるとまでは思えなかったため,結論は意外でした。しかし,他の携帯電話向け魚釣りゲームには同種の特徴を有するものがなかった,という点が決め手になったものと思われます。


原告は,主要画面の類似性に加えて,画面遷移の類似性についても主張していました。これは,東京地裁平成14年判決のサイボウズ事件の主張・判断枠組みに沿ったものと思われます。同事件では,ウェブベースのグループウェア(特にスケジュール表示画面)の著作権侵害が問題となりました。確かに,両者のスケジュール表示画面は,共通点が多々あったのですが,ビジネス向けスケジュール管理という機能の性質上,必然的に類似せざるをえないという面があったため,「表現上の本質的な特徴」が感得されるものではないとされています。(下記の図を参照)

<2012/04/20 図に誤りがあったため,貼り直し予定>

(上が原告:サイボウズの画面。下が被告の画面。)


携帯電話向けのゲームの場合,画面も小さく,操作方法も限られるため,表現の幅が相当程度限定されると考えられます。しかし,機能性を優先するビジネス用ソフトと異なり,エンタメ目的のゲームの場合,表現の幅は相対的には広いといえるでしょう。コンソール型ゲームの時代と比べると,開発コストも下がり,短納期で開発できるとはいえ,本判決は安易に「2匹目のどじょう」を狙うことに対する警鐘となるといえます。


本件は,双方ともに控訴しているようなので,知財高裁での判断が待たれます。