IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

ゲーム内での誤表示(不実告知)と法定追認事由による取消権喪失 東京地判令3.11.19(令2ワ31741)

ゲーム内の「お知らせ」の誤りが消費者契約法の「不実告知」に当たるとしたが、その後のユーザの行動が「法定追認事由」に当たるとして取消を認めなかった事例。

事案の概要

オンラインゲームA(本件ゲーム)のユーザであるX*1が、ゲーム内の誤表示等により損害を被ったとして、運営会社であるYに対して損害賠償等を求めた事案である。

判決DBで入手した判決文ではゲーム名や、アイテム名その他ゲームの特定につながる事項などが伏字になっており、わかりにくいのだが*2、本件ゲーム内の「お知らせ」画面において、約9時間にわたってオーダー(アイテムを得る仕組み。ガチャと同等のことだと思われる。)に関する誤表示(本件誤表示)があったところ、この内容を信じてXがゲーム内通貨4900円分を購入して(本件購入契約)オーダーを引いた(本件オーダー)。

その後、Yは、本件誤表示に気づいて謝罪し、この間に操作した一定のユーザに対してゲーム内通貨の返還を行った。Xは、その返還を受けたゲーム内通貨をすべて消費した。

Xは、Yに対し、本件誤表示が不法行為に当たるとして、本件購入契約における代金相当額4900円の損害賠償請求(主位的請求)のほか、消費者契約法上の不実告知に当たるとして本件購入契約を取り消し、代金相当額の不当利得返還請求(予備的請求)等を行った。そのほかにも、Xは精神的苦痛を伴ったとして慰謝料請求も行っている。ここでは、不当利得返還請求のみを取り上げる。

ここで取り上げる争点

本件オーダーに係るYの不当利得返還義務の有無(消費者契約法4条1項に基づく取消しの可否)

裁判所の判断

裁判所は、まず不実告知を認め、取消可能であったとした。

本件誤表示は,新★4□□を欲する利用者にとって,○○を購入するか否か,本件STEP1ないし3を引くか否かについて判断する際に通常影響を及ぼす事項について真実と異なることを告げるものであり,消費者契約法4条1項1号の不実告知に当たるというべきである。(略)

そして,Xが,本件オーダーの提供が始まってからわずか約2時間以内に,本件購入契約を締結するとともに本件STEP1ないし3を引いたこと(前提事実(4)),(略)に照らせば,Xは,本件誤表示により,本件STEP3を引けば新★4□□・1枚が確実に提供されるものと誤信して,本件購入契約,本件STEP2契約及び本件STEP3契約を締結したものと認められる。したがって,Xは,消費者契約法4条1項に基づき各契約を取り消すことが可能であったといえる。

しかし、Xのその後の行為は、法定追認事由に該当するとした。

不実告知により締結した契約を「追認をすることができる時」(民法125条柱書,消費者契約法7条1項)とは,不実告知による誤認が解消した時,すなわち,消費者が告げられた重要事項が真実と異なることに気づいた時をいうと解されるところ,本件STEP3を引けば新★4□□・1枚が確実に提供されるという本件告知画面の内容に反して,新★4□□・1枚が提供されなかったことをXが認識した以上,その時点で,不実告知による誤認は解消されたものと認められる。そして,法定追認事由である民法125条1号の「全部又は一部の履行」には,取消権者が,債権者として相手方からの履行を受領する場合も含まれると解されるから(大判昭和8年4月28日民集12巻1040頁参照。なお,当該解釈について当事者間に争いはない。),Xが,本件STEP3を引いた結果が本件告知画面の内容と異なっていることを認識しながら,本件STEP2,3で当選した□□・22枚を全て受領したことは,本件購入契約,本件STEP2契約及び本件STEP3契約に基づくYの履行を受け容れたものといえ,上記法定追認事由に該当するものと認められる。

その結果、Xは取消権を行使することができず、Yには不当利得返還義務もないとして、Xの請求をすべて棄却した。

若干のコメント

ゲーム内で、新たな告知を行う際に誤りがあったり、誤解を生む表現があったり、といったことはしばしば起き得ますが、これが当然に消費者契約法における「不実告知」として取消しできるレベルに至るわけではありません。

 

(消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示の取消し)
第四条 消費者は、事業者が消費者契約の締結について勧誘をするに際し、当該消費者に対して次の各号に掲げる行為をしたことにより当該各号に定める誤認をし、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたときは、これを取り消すことができる。
 重要事項について事実と異なることを告げること。 当該告げられた内容が事実であるとの誤認
 (略)
 第一項第一号及び第二項の「重要事項」とは、消費者契約に係る次に掲げる事項(同項の場合にあっては、第三号に掲げるものを除く。)をいう。
 物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容であって、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの
(略)

本件では、丁寧な事実認定を経てユーザの判断に影響を及ぼす事項について真実と異なることを告げるものであったと認定し、不実告知を認めたことは大きいでしょう。

しかし、Xがおかしい、ということに気づいた後に、ガチャの結果を受領したことから「全部又は一部の履行」があったとして、追認したものとされました(民法125条1号)。

(法定追認)
第百二十五条 追認をすることができる時以後に、取り消すことができる行為について次に掲げる事実があったときは、追認をしたものとみなす。ただし、異議をとどめたときは、この限りでない。
 全部又は一部の履行

ユーザに対するお詫びを十分に行っており、取消権を認める必要はないという考えも理解できますが、現実に、誤表示を信じてガチャを回したユーザが、おかしいと気づいたときに、それを使わないで運営に対応を求めるといったような対応ができるか、というと疑問もあり、法定追認事由のハードルはやや低過ぎたのではないかという気もします。

*1:判決文の前提事実の当事者欄では、「原告は、法科大学院に通う学生」との認定がある。また、このXと思われるツイッターアカウントが、本件事件の経過や判決について多数のツイートをしている。

*2:さまざまな情報から、2017年にリリースされたMMORPGであることが推測できる。