元従業員が、ソースコードを不正に持ち出した等として、不正競争防止法に基づく差止請求等を行った事案において、営業秘密該当性(秘密管理性)が問題となった事例。
事案の概要
マンモグラフィ画像診断システムを製造販売する原告は、平成17年ころ、原告製品の販売を開始した。原告製品には、C++で書かれたプログラムが含まれていた。
被告会社は、平成24年にマンモグラフィ画像診断システムを製造・販売する部門を立ち上げ、同年に被告製品の販売を開始した。被告製品には、C#で書かれたプログラムが含まれていた。
被告製品の販売部門を立ち上げた被告P2は、元原告の社員で、その後被告会社に入社し、被告会社の代表取締役に就任した。他に被告製品の開発等を行ったP3、P4も、元原告の社員である。
原告は、原告の営業秘密であるソースコード(原告ソースコード)をP3が不正の手段によって取得した等として、被告会社が原告ソースコードを取得、使用して被告製品を製造・販売したなどと、不競法2条1項5号、8号及び10号にあたる不正競争行為(下図)をしたとして、被告製品の製造・販売等の差止め等を求めるとともに、原告ソースコードを複製、翻案して被告製品を製造・販売した行為が、著作権(複製権、翻案権及び譲渡権)の侵害にあたるとして、複製等の差止め等を求めた。
経済産業省『逐条解説不正競争防止法 令和6年4月1日施行版』97頁より。
原告の請求にある5号、8号は、上図右上の「取得時悪意転得者」の類型で、権原のない者または図利加害目的ある権原のある者から被告が転得したとの主張である。10号は、不正使用行為によって生じた物を譲渡等をする行為類型である。
ここで取り上げる争点
(1)原告ソースコードの営業秘密性(秘密管理性)
(2)著作権侵害の有無
裁判所の判断
争点(1)秘密管理性について
裁判所は、ソースコードは、Xの事業にとって重要なものであり、開発担当の従業員においてもその点は理解していたことは認めつつ、次のように述べた。。
リリースされた原告製品のソースコードは原告社内の共有サーバーに保存されていたところ、平成24年3月までは、就業規則も含め保存に関する明確なルールは存在せず、原告従業員全員が、原告から割り当てられたユーザー名とパスワードをパソコンに入力してログインしさえすれば上記ソースコードにアクセス可能であった(上記ソースコード自体へのアクセスを制限するルールはなく、後記のように、開発課の従業員が顧客先に出向いた際にソースコードを利用する機会が相当程度あり、また、従業員の退職時にはパスワードの引き継がれていたことからすると、ソースコードのファイルにパスワードが設定されていたとしても、従業員間で適宜共有されていたものと認められる。)。また、開発中の最新バージョンは担当者の社用パソコンに保存されるほか、定期的に共有サーバーにバックアップされていたが、秘密管理の観点からの何らかの措置が定められていたとは認めるに足りない。さらに、P3は、従業員全員がアドミニストレーターのユーザー名及びパスワードを知っていた旨証言するところ、アドミニストレーターのユーザー名及びパスワードが原告の社内で厳格に管理されていたとは認められず、開発担当者以外の者が開発担当者の社用パソコンにログインして保存データを確認することもできた可能性は十分に認められる。そうすると、原告の従業員数が多くても15名程度であったことを考慮しても、社内での秘密管理はほとんどされていなかったに等しいといえる。
加えて、開発課の従業員は、原告製品の顧客先に出向いて作業をする際、私有のノートパソコンに原告各ソフトウェアのソースコードをコピーして保存し、社外に持ち出すことがあり、その際は、私有のノートパソコンに社用パソコンと同じユーザー名とパスワードを入力し、社内ネットワークにアクセスしていた。上記ソースコードの社外持ち出しの禁止や許可に関する明確なルールは存在せず、従業員が顧客先から帰社した際に、私有のノートパソコンからソースコードを削除するなどの措置についても、原告として特段の管理を行っていなかった。(略)
そして、前記認定事実のとおり、P1は、原告を退職してから半年以上も経つP4に対し、原告各ソフトウェアについて電子メールで、ソースコードを保持していなければ対応が困難と考えられる質問をしていることから、原告各ソフトウェアのソースコードの退職後の保持をP1が少なくとも一定程度黙認していたと解される。
以上の事情を総合すると、原告ソースコード自体の重要性を考慮しても、その秘密管理が極めてずさんであったことなどに鑑みれば、原告において、原告ソースコードを含む原告各ソフトウェアのプログラムのソースコードにつき、当該情報に接した者がこれが秘密として管理されていることを認識し得る程度に秘密として管理していたと認めることはできない。
したがって、原告ソースコードは、不競法2条6項の「秘密として管理されている」との要件を欠き、同項所定の「営業秘密」に該当するとは認められない。
よって、不競法に基づく請求はすべて退けられた。
争点(2)著作権侵害について
判決文からは明らかではないが、原告、被告の両ソースコード(の一部)をそれぞれ対比して比較することが行われたようである。
そして、被告から令和4年当時のものとして提出されたソースコードを対比したところ、
原告が証拠として提出したソースコードと被告らが証拠として提出したソースコードには、記述内容や構成等に大きな違いがあり、仮に原告提出のソースコードの創作性(著作物性)を前提としても、被告ら提出のソースコードについて、原告提出のソースコードの表現部分において同一性を有する又は表現上の本質的な特徴を直接感得することができるとは認め難い(略)。したがって、被告各ソフトウェアのうち、(a)NCView に係る令和4年2月ないし3月当時のソースコード、(c)XronoQR に係る同年3月当時のソースコード、(d)DcmSend に係る同月当時のソースコードは、いずれも、原告各ソフトウェア(原告ソースコード)のうち、(a)MGView、(c)DcmQR 及び(d)EzSend に係るソースコードを複製又は翻案したものとは認められず、原告のプログラム著作権を侵害するとは認められない。
と、(おそらく)一見して類似していないということから著作権侵害は認められないとした。原告は、平成30年当時の被告製品におけるソースコードは、原告ソースコードを複製等したものであると主張していたが、この時点でのソースコードとの対比は行われておらず、さまざまな間接事実に基づいて著作権侵害の主張が行われたにすぎず、結果的に著作権侵害は認められず、著作権法に基づく主張も退けられた。
若干のコメント
本件は多岐に渡る争点がありました。プログラム著作権の論点は、現行のプログラムの詳細な対比表が作成されていたようですが(裁判所Webでは非公表)、実際はかなり大きく異なっていたようで、類似性に関する実質的な判断は行われていません。注目されたのは、ソースコードの営業秘密該当性に関する判断です。
裁判所は「ずさん」だったという結論を出しているため、認定した事情も、パスワードは誰でも知っていたとか、退職後も手元にソースコードを保有することを黙認していたといったような事情ばかりであり、秘密管理性を積極方向に作用する事情は、重要なものであるという認識があった、というような曖昧なものしか認定されていませんでした。
当ブログで取り上げた秘密管理性が問題となった事例では、テスト設計書のひな型(東京地判令4.5.31 否定)、製品の売上、販売量等のビジネス上のデータ(東京地判令4.10.5 肯定)、ソースコード(知財高判令元8.21 肯定)、ソースコード(大阪地判平25.7.16 肯定)などがあります。
なお、本事件では、提訴から判決まで4年ほど要しましたが、その間、時機に後れた攻撃防御方法の主張(民訴法157条)や、文書提出命令の申立て(同法223条)、証明妨害(同法224条2項)など、主張の当否以外にも訴訟活動において激しく争われた形跡がうかがえます。