IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

瑕疵担保責任に基づく解除と損害賠償請求 東京高判令2.2.26(令元ネ2423)

本稼働させたシステムに性能上の障害があった場合において,瑕疵担保責任に基づく解除の可否と損害賠償の範囲が問題となった事例。

事案の概要

持ち帰り弁当店運営会社Yが,システム開発会社Xに対し,Web注文システムの開発を委託した。

XY間の契約は,要件定義に関する準委任契約(約340万円)と,Web開発に関する契約(運用テスト部分は準委任契約で,残りは請負契約。約2750万円)と,ネットワーク機器の売買契約等(合計で約1330万円)から構成されていた。

システムは平成25年7月1日に稼働したが,その日のうちに注文サイトが開かなくなるという障害が発生し,閉鎖した。翌日,再開したが,やはり動作が遅いという障害が発生した。

その後,第三者ベンダZが調査し,「宅配システム(Web)は,多くのユーザーがアクセスする可能性がある公開系のWebサービスにおいては期待する性能を実現することは不可能と思われる」との報告が出された。

Xは同月8日に,お詫びと今後の改修計画を記載した文書を提出し,再開に向けた準備を行ったが,検証方法等に意見の相違があり,平行線のまま同月25日にYはXに対し,請負契約の解除の意思表示をした。

Xは,Yに対し,前記準委任契約,請負契約,売買契約等に基づく代金,報酬の合計である約4400万円を請求したのに対し,Yは,Xが開発したシステムには重大な瑕疵があるとして主位的に解除を主張し,予備的に瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求等との相殺を主張した。

Yは,本件訴訟の弁論において,(1)要件定義に関する準委任契約について,Xが作業をし,Yが検収したこと,(2)仕事が完成したこと,(3)売買契約等の引渡しが完了したことを認めた。

一審(横浜地裁川崎支判平31.4.23(平26ワ488)―当ブログ未登載)の判決に対し,双方控訴したが,いずれの控訴も棄却されて原審の結論が維持されたため,ここでは,原審の判決を中心に紹介し,必要に応じて控訴審の判断を補足する。

ここで取り上げる争点

見積外の追加項目が,当初の契約に含まれているか否か,といった争点もあるが,ここでは,以下の争点を取り上げる。
(1) 契約をした目的を達成することができない重大な瑕疵があったか(635条)
(2) 瑕疵の有無と,瑕疵によって生じた損害について
(3) 過失相殺の可否及び割合
(4) 要件定義段階における善管注意義務違反とその過失相殺

なお,要件定義や,機器の売買に関する契約は,別個の契約であったことについては争いがないため,仮に(1)により請負契約の解除が認められたとしても,Xの請求のすべてを棄却できることにはならない。

裁判所の判断

争点(1)重大な瑕疵による解除の可否

裁判所は以下のように述べて,パフォーマンスの件は,重大な瑕疵には当たらず,民法635条に基づく解除は否定した。

(1)  Yの主張①(ピーク時に注文処理を同時に300件行うことができない)について
Yは,要件定義書に定義された,宅配システム(Web)の「ピーク時アクセス件数300件を想定」(乙1)の意味について,Web注文サイトのログイン画面から注文完了画面までのいずれかの画面を開いている(サイトアクセスしている)利用者が300人との意味であることについて,平成31年1月24日の第29回弁論準備手続期日において同意したところであるから(前提事実(4)),宅配システム(Web)が注文処理を同時に300件できないことが重大な瑕疵に当たるとは認められない。
(略)さらに,注文確定画面に時間を要するのは,クライゼル連携(引用者注:外部システムとの連携)が影響しているところ,XとYは,クライゼルに連携することで,レスポンスタイムが遅くなることがあることを平成31年1月24日の本件の第29回弁論準備手続期日において同意したところであるから,注文確定処理に時間を要するのは,Yの指示に基づくものであってやむを得ないといえるし,注文確定後にクライゼルとの連携をするように仕様を変更することも可能である(略)。
そうすると,ピーク時に注文処理を同時に300件行うことができないことが,重大な瑕疵に当たるとは認められない。
(2)  Yの主張②(ページごとのレスポンスタイムが3秒以内という要件を満たしていない)について
ページごとのレスポンスタイムが3秒以内という要件は,要件定義書の中に記載はなく(乙1,2),このようなシステムが通常備えるべき性能であるとは認められない。
なお,Zは,3秒以下のレスポンスタイムを要求しており(乙9),3秒以内に反応のあるシステムの方が利用者にとっても望ましいとはいえるが,要件定義書に記載のない性能を備えていないことをもって,重大な瑕疵に当たるということはできない

上記の判示部分はややわかりにくいが,要件定義書の記載中の「ピーク時アクセス件数300件」とは,サイトアクセス者が300人であるということであって,サブミットする処理を同時に300件行うという意味ではないことを確認した上で,後者を達成していないとしても重大な瑕疵ではないとしたものである。

争点(2)瑕疵の有無と損害

もっとも,契約の解除には至らない程度の瑕疵があることは認めている。

宅配システム(Web)のプログラムには,平成25年7月1日及び同月2日時点で,プログラムの共通部品設計の不備があり,待ち行列(他のユーザが同時接続できない状態)が発生して,わずか5人のユーザーが正常にサイトアクセスできない状態にあったことは当事者間に争いがないことから,瑕疵があったというべきである。
Xは,瑕疵であるとの評価を争っているが,わずか5人のユーザーが正常にサイトアクセスできない状態にあった以上,瑕疵があったことは明らかである。

瑕疵による損害については,次のものが認められた。

まず,積極損害としては掲載されている判決文に「別紙5「積極損害一覧表」の「当裁判所の判断」欄」が記載されていないため,詳細は不明だが,

XとYは,瑕疵を修補するために必要な期間を3.5か月と算定することに同意したことから,これを前提としつつ,詳細が不明なものや,瑕疵がなくてもいずれにせよ負担したであろう費用については積極損害として認めないこととした。

と述べられており,その結果,約1120万円が積極損害として認められた。

続いて,逸失利益については,瑕疵を修補するのに必要な期間に対応する利益相当額を(控えめに)算定した。

逸失利益の計算は,「平成26年8月から平成27年1月までのYのWebを利用した実際の宅配売上」から,原価,配送費用,物流コスト,利益を生み出すために生じたであろう費用等の「経費」を控除した数値を基礎とし,平成25年7月及び同年8月には想定されていた稼働店舗数が少なかったことによる修正を施し,少なくともこの程度は認められたという確実な額を算定するのが相当である。

その結果,XとYが合意した3.5か月間という期間に相当する逸失利益の額として約1250万円を認定し,積極損害と逸失利益の合計である約2370万円を瑕疵による損害だと認めた。

争点(3)過失相殺の可否及び割合

Yによる抗弁は(改正前)民法634条2項に基づく損害賠償請求であり,債務不履行に基づく損害賠償請求に対する過失相殺の規定(418条)の適用可否が争点となった。

請負人が瑕疵担保責任を負う場合において注文者に過失があったときには,民法636条の法意に照らし,民法418条の過失相殺の規定を類推適用することは公平の見地から認められるものというべきである

そのうえで,Yの過失というべき事情として,

  • 開発スケジュールはもともとかなり過密なスケジュールであり,本番環境での動作検証を行う時間的余裕がないような状態であったこと,
  • Yは,Xに対して,平成25年7月1日からサービスを開始するために,一般的な開発の流れを排除するよう求めているところ
  • 入稿されたデータに誤りや修正があるなどした結果,XはD(注:Yの委託先)から入稿されたモックサイトのみを見て作業を進めることができない状態となって,Xの担当者がモックサイトとソースの比較のために人員を取られてしまったこと,
  • Dによる入稿データの訂正は,本実施直前の同年6月28日まで行われていたこと

を挙げて,システムに瑕疵が生じた原因の一端はYにあるとした。

しかし,

もっとも,Xは,宅配システム(Web)の開発スケジュールが過密であることを十分に認識しながら契約したこと,DからのHTMLソースの納品が最終期限よりも遅れていたというものではないこと,直前まで修正があったことを考慮したとしても,そもそもテストを行わないまま本実施することはこのようなシステム開発契約において通常考え難いことからすれば,瑕疵が生じた主要な責任は請負人であるXにあることは明らかである。

として,過失相殺する割合は,2割5分にとどめ,過失相殺後の損害額は,約1780万円だとした。

この額については,請負契約に基づく請求との関係で相殺が認められた。

争点(4)要件定義段階における善管注意義務違反

そのほかにも,Yは相殺の主張として,要件定義段階においてXには善管注意義務違反があるとして,それによる損害賠償請求権による相殺を主張していた。具体的には,性能に関する要件の聞き取り段階における認識齟齬が生じたことについての情報提供義務違反が主張されていた。

この点について,

XとYが宅配システム(Web)へのアクセス数を打ち合わせるに当たっては,Xの担当者が,旧宅配サービスのシステム下におけるサイトへのアクセス数をYの担当者に示しながら打合せをし,店舗数が200件の状態での同時「注文数」が最大で10から20であることに言及していたことから,Yの担当者において,「ピーク時アクセス件数300件」について,「同時注文が300件可能」という意味であると誤解したことについてもやむを得ない面があったといえ,Yが適切な要件定義をするための情報提供に関して,Xに善管注意義務違反があったものと認められる。

と,あっさり義務違反自体は認めた。しかし,

宣伝等による顧客動向の変化等を予測して必要なアクセス数を予測することは,基本的にYの責任である

として,Yの過失の割合の方が大幅に大きく7割あるとした。

もっとも,この情報提供義務違反によって,前述の不具合が生じたものであるから,この情報提供義務違反による損害は,瑕疵担保責任に基づく損害と重なるものであって,さらなる相殺ができるものではないとした。

若干のコメント

本件は,パフォーマンス要件に関するベンダ・ユーザ間で認識の齟齬があり,稼働時に大きな障害をもたらしたという事案です。要件定義書に書かれた「ピーク時アクセス件数300件」が「同時注文300件可能」であると誤解されており,前者を念頭においてXは,アーキテクチャを設計したものの,実際には5人のユーザーの同時処理も行えないという不幸が重なりました。


判決文からだけではなかなか事情を読み取りきれなかったのですが,(2020年4月施行の改正民法施行前の)635条における「契約をした目的を達することができない」程度の瑕疵はないとされ,同条に基づく解除はできないとしつつ,旧634条2項に基づいて「修補に変わる損害賠償請求」については認めました。さらには,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求において,「636条の法意に照らし」(注文者の与えた指図によって生じた瑕疵については,権利行使できない),過失相殺の規定の適用があるとしました。


改正後民法では,契約不適合責任に統合され,旧635条に相当する条文はなく,契約不適合責任に基づいて解除する場合は,541条に基づいて行うことになります。もっとも,改正後541条但書では,軽微であるときは解除ができないとされており,「軽微」とは「契約をした目的を達することができない程度」と同じ趣旨を指すことから,この点についての実質的な変更はないとされています(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答民法(債権関係)改正』239頁(注3))。


細かい点を挙げれば,本文中では紹介していませんが,ベンダから提示した謝罪文で約束したことが契約上の債務となるのか,とか,タイトなスケジュールとはいえ,それを承知で請け負ったベンダは,遅延したり障害が生じたことについて免責(減責)を主張できるのかといった実務的な論点が存在していた事案であり,興味深いところです。


本件におけるXは,結局のところシステムの完成は認められ,契約解除は回避できたものの,多額の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求が認められたことにより,要件定義の準委任契約と,機器の売買等の争いのない部分以外の請求で認められた部分はごく僅かでした。


なお,訴訟進行という観点からは,一審(川崎支部)で,専門委員も交えて瑕疵の修補にかかる期間や,要件定義書中の記載の意味や,他システムと連携するとレスポンスが悪くなる場合があることについて合意したということが言及されており,事実上の争点についても争点整理が行われていたことが伺えます。もっとも,「第29回弁論準備手続期日において」といった記載をみると,この種の事案の審理には果てしない時間と労力を要することが多く,紛争解決システムとしてうまく機能させることは難しいなと感じます。

請負人からの連絡が途絶えたことによる終了 東京地判令2.2.26(平31ワ774)

クラウドソーシングサービスを介して委託されたシステムの開発業務において,頻繁にやり取りが行われていたにもかかわらず突如連絡が途絶えたという場合,請負人は誠実に回答すべき義務があり,注文者が中止を求めたこともやむを得ないとして仕事の完成を否定した事例。

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インスタグラム・ストーリー投稿のスクショ・転載 東京地判令2.9.24(令元ワ31972)

インスタグラム・ストーリーに投稿された動画のスクショが転載されたことについて肖像権侵害の成否が問題となった事例。

事案の概要

撮影者XAが被撮影者XBの動画(本件動画)を撮影し,XAが本件動画をインスタグラムのストーリーにアップした。

何者かが本件動画の一部のスクリーンショット(本件画像)を保存し,サイトAに本件画像を添付して投稿(本件投稿)をした。

XBが,本件投稿にかかるIPアドレスの開示を受けた。そこで,XらはXAの著作権及びXBの肖像権及び名誉権が侵害されたとして,Yに対し,プロバイダ責任制限法4条1項に基づいて発信者情報の開示を求めた。

ここで取り上げる争点

本件投稿により本件動画の著作権が侵害されたことにはほぼ争いがないので,肖像権侵害(本件投稿によって原告Bの肖像権が侵害されたことが明らかといえるか。)を取り上げる。特にもともとインターネット上に投稿されていた動画であることから,肖像権侵害が成立し得るのかが問題になった。

裁判所の判断

裁判所は次のように述べて,肖像権の侵害を認めた。

人の肖像は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有する。そして,当該個人の社会的地位・活動内容,利用に係る肖像が撮影等されるに至った経緯,肖像の利用の目的,態様,必要性等を総合考慮して,当該個人の人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超える場合には,当該個人の肖像の利用は肖像権を侵害するものとして不法行為法上違法となると解される。

これを本件についてみると,本件画像は,XBを被撮影者とするものである。本件画像が含まれる本件動画の撮影及びそれをインターネット上の投稿サイトに投稿したのはXAであり,XBは夫であるXAにこれらの行為を許諾していたと推認され,本件画像の撮影等に不相当な点はなく,氏名不詳者は上記投稿サイトから本件動画を入手したものではある。しかしながら,本件動画は24時間に限定して保存する態様により投稿されたもので,その後も継続して公開されることは想定されていなかったと認められる上,XBが,氏名不詳者に対し,自身の肖像の利用を許諾したことはない。XBは私人であり,本件画像はXBの夫であるXAがXらの私生活の一部を撮影した本件動画の一部である。そして,本件画像は,XAの著作権を侵害して複製され公衆送信されたものであって,本件投稿の態様は相当なものとはいえず,また,別紙投稿記事目録記載の投稿内容のとおりの内容に照らし,本件画像の利用について正当な目的や必要性も認め難い。これらの事情を総合考慮すると,本件画像の利用行為は,社会生活上受忍すべき限度を超えるものであり,XBの権利を侵害するものであると認められる。

したがって,本件投稿によってXBの肖像権が侵害されたことが明らかであると認められる。

若干のコメント

本件は「肖像権」侵害を理由に発信者情報開示請求を行った事案です。判決文からは具体的な画像がわかりませんので,「受忍限度」を超えたものかどうかを判断することはできないのですが,本件では,もともと自分(の夫)がインスタグラムにアップした動画であるから他人が投稿したとしても受忍限度を超えるといえるかどうかが争点となっています。

この点について,裁判所は「ストーリー」という24時間限定での投稿であったことを要素として挙げ,他の事情を総合考慮して肖像権の侵害を認めました。

数日前に,日本でもツイッターで「フリート」機能が導入されました。これもインスタグラムやフェイスブックと同様に投稿から24時間後には消えるというものです。もともとツイッターでは,公式RT,引用RTのほかスクリーンショットをとって論評(多くは批判)を加えるということが行われていましたが,フリートの投稿をスクショして晒す行為は元の機能の性質からして受忍限度を超えるものであるという判断になりやすいといえるので注意が必要です(ツイッター利用規約では,ユーザーの投稿について,一定のライセンスを許諾することになっていますが,時間限定投稿についてスクショして拡散することまでもは含まれないだろうと思われます。)。

共同事業における収益金分配にかかわる争い 東京地判平31.2.15(平29ワ10909)

ポータルサイトを共同で運営していた事業者間で分配金の支払いに争いが生じて契約が解除され,逸失利益等が請求された事例。

事案の概要

Xはプログラムの開発と運用を,Yは企画や顧客対応を担って,共同でポータルサイトを運営していた(本件事業)。本件事業の収益は広告収入であり,収入から経費を差し引いて両者で分配するというレベニューシェアモデルで運営してきた。


平成18年に本件事業が開始し,平成21年にXY間で従前の合意内容を明確化する趣旨で契約書(本件契約)が作成された。ところが平成27年5月ころからXYの関係が悪化し,Yは収益分配金の明細を明らかにしなくなった(分配金の送金自体は行っていた。)。


XはYに対し,平成28年5月から9月分の未払収益金の支払を催告するとともに停止期限付き契約解除通知がなされたが,Yは期限までに支払わなかった。そのため,Xは本件事業で用いるプログラムを消去したが,Yはバックアップから復旧して23日間にわたって再稼働させた。


XはYに対し,未払収益金約1180万円,逸失利益4000万円,プログラムの著作権侵害に基づく損害賠償約100万円等の支払いを求めたのに対し(本訴),YはXがプログラムを消去したことが不法行為にあたるとして損害賠償請求した(反訴)。

ここで取り上げる争点

(1)未払収益金の有無と額
(2)逸失利益の額
(3)プログラム著作権侵害による損害の額

裁判所の判断

争点(1)未払収益金の有無と額について

裁判所は,本件契約で「収益から経費を引いた利益を二分配する」(第8項),「事務経費,契約上の問題が生じた場合,協議の上決定する」(第9項)旨の定めが置かれていることなどから,いかなる費用を収益から控除するのかといったことをXY間で協議のうえ合意されてきたのであって,疑義があるものについては協議により相手方の同意を得なければならないと認めた。


そのうえで,「役員報酬」「業務委託費」「車両減価償却費」「企業保険」「地代家賃」等の費目については,本件事業の経費としての性質を有さないとして,収益から控除することを否定した。


その結果,未払収益金に関する請求は,Xの請求額に近い額(約1150万円)を認めた。

争点(2)逸失利益の額

上記のとおり,Yは収益金を支払わなかったことから,Xによる契約解除は有効だとされた。そして,Xは,解除に伴う損害賠償として5年分の逸失利益を主張していたが,裁判所は,以下のように述べて2年分が相当であるとした。

債務不履行解除に伴う逸失利益について,Xは,平成28年4月分から平成29年3月分までの収益分配金を基礎として5年間は同程度の収益を上げることができたと主張する。

この点について,逸失利益の算定の基礎については,Xの主張するとおり,本件解除の直前である平成28年4月から平成29年3月までの収益分配金に基づいて算定することが相当である。他方,逸失利益を認める期間については,本件事業の売上げが平成27年頃に比べると減少していること,本件事業のようなポータルサイトは同様のサービスを提供する事業者が出現するなどして比較的短期間で事業環境が変化する可能性があることなども考慮し,2年間と認めることが相当である。

その結果,約3000万円の逸失利益を認めた。

争点(3)プログラムの著作権侵害による損害の額

Yは,Xが契約解除後にプログラムを使用できなくしたことから,バックアップから戻して23日間にわたって使用した。この点について,プログラムの著作権(複製権)侵害が認められたが,損害の額は次のように計算された。

前記判示のとおり,Yは,本件プログラムを違法に複製し,それを平成29年4月1日から同月23日まで使用したということができる。Xは,プログラム著作権の複製権侵害に対する使用料相当損害金として,Xへの収益分配額を基礎とすべきであると主張するが,年間の使用料相当損害金としては,本件事業から生じる年間の収益金4024万1514円を基礎にして,その1%であると認めることが相当である。

そうすると,Yのプログラム著作権侵害に対する使用料相当損害金は,上記年間使用料相当額のうち23日分に相当する2万5357円(小数点一位は切下げ)となる。
 (計算式)4024万1514円(別紙2の①の合計額)×1%×23日/365日=2万5357円

その結果,XのYに対する請求は約4190万円認容され,反訴請求はすべて退けられた。

若干のコメント

本件は,共同での事業運営を行ってきた当事者間の争いであり,その収益金分配の方法で揉めるというありがちなケースではありますが,どのような経費が売上から控除されるべきかといった議論は,個別性が強いので,本件の判断に基づいて何か一般論を導けるというものではないでしょう。


しかし,注目は,一方当事者が収益金を支払わなかったことを理由に契約を解除した場合において,逸失利益相当の損害賠償金として,2年分の収益分配金相当額を認めたことです。逸失利益は,その発生の蓋然性が高くない限りなかなか認められにくいのですが, Xの主張が5年分だったとはいえ,2年分も認めたのはやや意外でした。


また,プログラムの複製権侵害に関しては,年間収益の1%をライセンス相当額を損害の額として,その23日分(結果として約2.5万円)について認めました。この部分も,特に定式があるわけではない中で,裁判所が認めたわけですが,本件事業が,ポータルサイトの運営事業であって,そのプログラムは事業運営に不可欠なものであったことからすると,収益の1%というのは逆に少なすぎる印象を受けます。

取締役退任後の引継義務履行としてのパスワード開示請求 大阪高判平31.3.27(平30ネ1767)

在職中に業務に関するインスタグラムのアカウントを担当していた取締役に対し,パスワードの開示等を求めた事案。

事案の概要

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Yは,X社の代表取締役として,個人のgmailアドレスを用いてインスタグラムのアカウント(本件アカウント)を作成し,Xが販売していた商品の写真等を投稿していた。Yは他にも,元ラグビー日本代表選手であったことから,本件アカウントには仲間のラグビー選手の写真なども投稿されていた。なお,本件アカウント名の一部には,Xのブランド名が含まれていた。また,アカウントのホーム画面にはXのウェブサイトのリンクが設置されていた。

Yは平成29年5月1日にXの代表取締役を退任し,取締役も辞任した。その後,Xは,本件アカウントにログインできないことから,商品の写真を投稿することができず,利用者が減少して営業上の損害を被ったとして,Yに対し,取締役辞任に伴う引継義務(民法645条,会社法330条)の履行として,本件アカウントのパスワードの開示と,その不履行による損害賠償として300万円の支払いを求めた。

原審(大阪地判平30.7.20)では,本件アカウントの利用者たる地位がXに帰属していたものではないとして,Xの請求をすべて棄却した。

ここで取り上げる争点

争点(1)Yによるパスワード開示義務の存否
争点(2)Yの不履行による損害の額

裁判所の判断

争点(1)Yによるパスワード開示義務の存否

まず,本件アカウントの利用者の地位がYに帰属するという判断は原審と変わりなかった。

インスタグラム社に対する関係において,本件アカウントは,その利用者たる地位は,これを開設し,そのメールアドレスを提供したYに帰属するものといわざるを得ない。

他方で,裁判所は次のような事情を挙げて,本件アカウントについて,Yは,Xの業務(広報や販売促進の手段)の一環として開設し,管理運営してきたとして,委任契約の終了にあたってYが負う引継義務には,本件アカウントの移管が含まれるとした。

(ア) 本件アカウントのユーザー名は,X出願登録と全く同一の文字列により構成されており,本件アカウントのユーザー名が小文字でしか登録できないことを考慮すると,本件アカウントは,外形的にXの業務との関連を示すものとなっている。

(イ) 本件アカウントのユーザー名は,YがXの取締役であった際,そのフランチャイジーの管理者であったAらに対し,フランチャイジー店舗のSNSのアカウントのユーザーネームを,出願登録商標と同一文字列を含むもの,すなわち本件アカウントのユーザー名を含むものとなるよう指示していたから,フランチャイジー店舗のアカウント管理同様,本件アカウント管理もXの業務に含まれることを意識していたことを示唆するものというべきである。

(ウ) 本件アカウントの閲覧により最初に現れる画面に表示されるX公式ウェブサイトのトップページ(ホームページ)へのハイパーリンクが設定されており,このことも,本件アカウントがXの業務それ自体と関連することを示すものである。

(ほかにも,Yがもう一つ別のアカウントを有していたこと,当該アカウントでは「私事に関する写真が中心となって投稿」されていると認定されている。)

以上のように述べて,パスワード開示請求を認めた。

本件アカウントの利用者たる地位は,YがXに対しその管理を移転すべき義務を負うというべきであり,インスタグラム社に対する関係においても,YがXに対し,その地位の移転義務を負うのであって,その移転義務の履行として,本件アカウントのパスワード開示を求める請求は理由がある。

争点(2)Yの不履行による損害の額

裁判所は,Yがアカウントの引継ぎを行わなかったことによる損害として,民訴法248条を適用し,50万円と認定した。

ア 損害金額の算定については,本件アカウントを通じて受け得るのは,飽くまでもインスタグラム社に個人が投稿し,これを共有閲覧し得るというサービスであり,業として専門の広告を行うものではないし,取り分け,平成30年8月までの期間について主張される利益は,本件アカウントの広告媒体としての機能を失わせたり,積極的な毀損行為と評価し得る変更がされたことに基づくものではなく,更新できないという消極的なものにとどまっているのであり,実際にも,数字上フォロワー数は1割程度しか減少していない(略)。そうすると,これらの不利益は,社会通念上売上に何らかの影響を及ぼしていることは明らかであるが,これがいかなる金額となるかを算定することは困難である。
(略)

イ 翻って,上記(1)イのとおり,本件アカウントを更新できない不利益及び非公開とされた不利益は,いずれも財産的損害として観念できるところであり,損害の性質上その額を立証することが極めて困難といえるから,民事訴訟法248条に基づき,更新などの利用ができなかった期間は平成29年5月から平成30年8月の1年3か月であり,その後「非公開」設定とされ,他のインスタグラム利用者もこれを共有閲覧し得なくなったのは,当審の口頭弁論終結時(平成31年1月)までの5か月に及ぶこと,その間のフォロワー数の減少の程度をはじめとする諸事情を考慮した上,損害額を50万円と認定する。

若干のコメント

本件は,SNSのアカウントが誰のものか,という素朴な論点から,たとえ個人アカウントであっても広告目的で使われていた場合において退任・退職後にどのように扱うべきかという論点について興味深い判断がなされました。

登録に用いられたメールアドレスが個人アドレスであったことなどから,インスタグラムとの契約当事者は元取締役個人であったと認定しつつも,その投稿内容から,アカウント管理業務がXの取締役としての職務に含まれていたとして,退任時の引継業務としてパスワード開示義務があるとしました。

具体的には主文には,

被控訴人は,控訴人に対し,訴外インスタグラムエルエルシーから付与されたアカウント(別紙記載のユーザー名及び閲覧用URLが初期登録されたもの)のパスワードを開示せよ。

と書かれています。Xは,請求の根拠として,会社と取締役の関係が委任関係(会社法330条)であることを前提に,受任者による報告義務(民法645条)を挙げています。

第六百四十五条 受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。

仮に,Yが取締役ではなく従業員であった場合,雇用契約上の義務として民法645条と同様の規定はないのですが, Yが従業員であったとしても,就業規則等の引継義務あるいは信義則上の義務として認められていた可能性はあると思われます。

この報告義務に関する規定は,幅広い適用場面があると思います。例えば,システムの保守を委託していたベンダとの関係が悪くなって,契約が終了したものの,管理していたサーバのrootのパスワードがわからなくなった,といったようなトラブルの際,保守契約(準委任契約)の終了に伴う報告義務として開示請求(あるいは移管作業の履行請求)をしたことがあります*1。しかし,実際に私が担当したケースでは訴訟にまで至っていませんし,実際に裁判上の請求としてこの種の請求が認められたのは珍しいのではないかと思います。ただし,難点は,本件のようなSNSアカウントやサーバのパスワードを請求する場合,訴訟手続を待ってられないというところにあります。

*1:契約書等に,契約終了時の義務として,資料の返還あたりまでは定めてあっても,アカウント情報の開示・消去まで定めていないことが多い。

ウェブサイト制作委託契約における権利帰属と権利濫用 大阪地判令元.10.3(平30ワ5427)

ウェブサイトの制作委託契約において,開発の経緯等に照らして制作物の著作権が発注者に移転したこと及び,制作者による権利行使が権利濫用にあたると認められた事例

事案の概要

やや複雑な経緯を辿っているので簡略化して紹介する。

Yは,Xに対し,ウェブサイトの制作を委託し,XはXウェブサイトを制作した後,公開した。しかし,Yがレンタルサーバの費用を支払わなかったため,平成29年12月12日にXウェブサイトは凍結されて閲覧できなくなった。
その後,平成30年1月ころ,Yは,Xウェブサイトのデータを取得してYウェブサイトを制作し,ドメインを変更して公開した。


Xは,YがXウェブサイトを無断で複製して新たにYウェブサイトを公開したことが著作権及び著作者人格権の侵害並びに不法行為に該当するとして,差止及び損害賠償等を請求した。

ここで取り上げる争点

著作権侵害(複製権・翻案権)の成否
(1)Xウェブサイトの制作による著作権の帰属
(2)権利の濫用

裁判所の判断

争点(1)Xウェブサイトの制作による著作権の帰属

XウェブサイトとYウェブサイトの外観はほぼ同じであったが,そもそもXウェブサイトにかかる著作権がXに帰属するかどうかという前提が最大の争点となった。
この点に関し,Xウェブサイトの開発経緯は以下のように認定された。

  • Yは,旧ウェブサイトをAに制作させ,そのサーバの移管と保守をXに委託した
  • 旧ウェブサイトはスマートフォンタブレットに対応していなかったため,Yは,Xに対し,全面リニューアルを求めた
  • よって,Xウェブサイトは,Xの発意によるものではなく,Yの企業活動のために使用することが予定されていた
  • Xウェブサイトは,旧ウェブサイトをリニューアルされたものであって,Xウェブサイトのデザイン,記載内容や色調の基礎となったのは,リニューアル前の旧ウェブサイトである
  • Xウェブサイトは,Yの企業活動を紹介するものであって,その内容は,基本的にYに由来するというべきであり,XがYから仕様や構成について指示及び要望を聞いて制作したものである

以上の経緯を踏まえて,Xウェブサイトにかかる権利はYに帰属すると認定した。

XとYは,以上の内容・性質を有するXウェブサイトの制作について,本件制作業務委託契約を締結し,例えばXウェブサイトの権利をXに留保して,XがYに使用を許諾し使用料を収受するといった形式ではなく,Xウェブサイトの制作に対し,対価324万円を支払う旨を約したのであるから,XがXウェブサイトを制作し,Yのウェブサイトとして公開された時点で,その引渡しがあったものとして,Xウェブサイトに係る権利は,Xが制作したり購入したりした部分を含め,全体としてYに帰属したと解するのが相当である。

上記解釈は,Xウェブサイト制作後も,XがYに保守業務委託料の支払を求めていることとも合致する。すなわち,XウェブサイトがXのものであれば,Yがその保守をXに委託することはあり得ず,XウェブサイトがYのものであるからこそ,代金を支払ってその保守をXに委託したと考えられるからである。

また,上述のとおり,Xウェブサイトは,Yの企業としての活動そのものを内容とするものであるから,Xがこれを自ら利用したり,第三者に使用を許諾したり,あるいは第三者に権利を移転したりすることはおよそ予定されていないというべきであるから,Xウェブサイトについての権利がXに帰属するとすべき合理的理由はない。さらに,Xウェブサイトについての権利がXに帰属するとすれば,Yは,Xの許諾のない限り,Xウェブサイトの保守委託先を変更したり,使用するサーバを変更するためにXウェブサイトのデータを移転したりすることはできないことになるが,そのような結果は不合理といわざるを得ない。

以上より,XがXウェブサイトを制作したことを理由に,Xウェブサイトの著作権がXに帰属すると考えることはできず,Xウェブサイトの著作権は,Yに帰属するものと解すべきである。

なお,Y名義で作成されたXウェブサイトの制作委託にかかる注文書の「仕様」欄には,「全面リニューアル後の成果物の著作権その他の権利は,制作者のXに帰属するものとする。」との記載があった。しかし,裁判所は,Yがそのような合意を成立させる趣旨で注文書に当該記載をしたとは認められないとして,注文書の記載どおりの合意があったとは認めなかった。

争点(2)権利の濫用

さらには,裁判所は,XがYウェブサイトに対する権利行使をすることは権利の濫用に当たると述べた(改行を適宜追加)。

ア 本件の事実関係を前提とすると,仮に,Xウェブサイトの一部に,Xの著作物と認めるべき部分が存在する場合であったとしても,以下に述べるとおり,Xが,その部分の著作権を理由に,Yウェブサイトに対する権利行使をすることは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。

イ すなわち,前記認定したところによれば,
Xは,Xウェブサイト制作後,その保守管理を行っていたこと,
Yは,平成29年秋の時点で,Xに対する支払を遅滞し,本件サーバの更新料も支払っていなかったこと,
本件サーバを使用継続するには,同年11月30日に最低1万2960円(12か月分)を支払う必要があったが,Yはこれを徒過したこと,
同年12月12日,本件サーバは凍結され,Xウェブサイトの利用ができなくなったこと,
Yはその直後にXに13万8240円を振り込み,Xウェブサイトを復旧するようXに依頼したこと,
本件サーバの規約によれば,Xウェブサイトのようなドメインが失効した場合,利用期限日から30日以内であれば,更新費用を支払えば復旧可能であること,
Xは,同月13日,Yに対し,Xウェブサイトのデータは失われ,復旧するには再度制作する必要があり,その費用は434万円余であると伝えたこと,
Yは,Xの提案を断って,Zに,Xウェブサイトの復旧を依頼したこと,
Zは,Xウェブサイトのデータを利用してYウェブサイトを作成し,平成30年1月ころ公開したこと,
以上の事実が認められる。
(略)XがYに対し,本件サーバの更新費用を怠った場合のリスクについて,適切に警告し,期限を徒過しないよう十分注意したとは認められないし,Xウェブサイトの利用ができなくなった直後にYが金員を原告に振り込み,本件サーバの規約ではデータの使用が可能な期限内であるのに,Xが,データが失われ復旧もできないと説明したことが適切であったことを裏付ける事情や,復旧のために434万円余もの高額の費用が必要であると説明したことの合理的理由は見出し難い。かえって証人Zは,サーバが凍結された場合,サーバ会社に料金を支払えばすぐ復旧することができ,特に作業等をする必要はない旨を証言している。
(略)Xウェブサイトは,新たな顧客のために,Yの事業内容を紹介するのみならず,すでに顧客,会員となった者に対するサービスの提供も行っているのであるから,Xウェブサイトの停止は,Yの企業としての活動を停止することであり,その制作・保守・管理を行ったXは,当然にこれを了解していた。

ウ 前記イで述べたところによれば,Xウェブサイトが停止するまでのXの行為は,その保守・管理を受託した者として不十分であったというべきであるし,Xウェブサイトの停止後のXの行為は,Xウェブサイトの停止がYを窮地に追い込むことを知りながら,これを利用して,データは失われた,復旧できないと述べて,法外な代金を請求したものと解さざるを得ない。
 上述のとおり,Xウェブサイトの停止は企業としての活動の停止を意味し,既に検討したとおり,Xウェブサイトの著作権は全体としてYに帰属すると解されるのであるから,Yが,法外な代金を請求されたXとの信頼関係は失われたとして,Xの十分な了解を得ることなく,Xウェブサイトのデータを移転するようZに依頼したとしても,やむを得ないことであると評価せざるを得ない。

エ これらの事情を総合すると,仮に,Xウェブサイトの一部にXの著作権を認めるべき部分が存在していたとしても,本件の事情において,Xがその著作権を主張して,Yウェブサイトの利用等に対し権利行使することは,権利の濫用に当たり許されないというべきである。

以上のように述べて,その他の請求も含めてすべて棄却された。

若干のコメント

本件訴訟の第一のポイントは,明示的な著作権帰属・移転条項がない場合において,制作の経緯や,制作費の支払い,保守契約の締結の有無等の諸般の事情から,発注者に著作権が帰属すると認定した点です。

デフォルトルールは,報酬を支払ったら自動的に権利が発注者に帰属するなどということはなく,職務著作(著作権法15条)が成立する場合を除いては,原始的には制作者に権利が帰属し,移転させる旨の合意がない限りは制作者に留保されるのですが,本件では,注文書にわずかに制作者に帰属するといった記載があったものの,それを乗り越えて権利が移転したと認定しました。ただし,判決文では「帰属したと解する」という記載にとどまっており,原始的に帰属するとしたのか,移転する黙示の合意があったとするのかは明らかではありません。

実務上は,権利帰属・移転条項がなければ,制作者に留保されると考えられがちですが,周辺事情も考慮したうえでの判断が求められることになります。


第二のポイントは,仮に一部の権利がXに帰属するとしても,その権利を行使することが権利濫用になるとした点です。

権利濫用は簡単に認められるものではないですが,本件では,サーバ代金の支払いに遅れてウェブサイトが閉鎖されたのちに,代金を支払ったので,本来ならば簡単に復旧できるはずのところ,Xは,再制作の費用を請求したという事情がありました。

なぜXは裁判所に「法外な代金を請求」とまで言われることをしたのかは明らかではありませんが,一般論として,ユーザとベンダとの関係が悪化した際に,システムやデータを「人質」にとって好条件を勝ち取ろうとするベンダの態度に強い不満を持つユーザは少なくありません。積極的にデータを消去したりするような加害行為に及べばもちろん違法ですが,消極的な非協力的態度が場合によっては不法行為や権利濫用と認定されることを示唆しています。

データベースからのデータ抽出と不法行為 東京地判令元.12.19(平30ワ20123)

有償で提供しているDB中のデータが,提供先のサイトから無断で複製されていたという行為について不法行為に該当するか否かが問題となった事例。

事案の概要

ヤフーは,健康と医療に関する総合情報サービス(aサイト)を無料で公開していた。aサイトでは,病院・診療所検索機能があり,医療機関ごとに住所,電話番号,最寄駅,診療科目等の情報を検索,閲覧することができる。Xとヤフーとの間には,Xが作成・維持するDB(本件DB)に関する使用許諾契約が締結されており,当該使用許諾契約に基づいて,aサイトには医療機関の情報が掲載されていた。ただし,aサイトの情報はX以外にもNTTデータ等から提供された情報も含まれていた。

Yは,aサイトから情報を収集し,顧客の依頼に基づいて有償で提供するというサービスを提供しており,平成27年から29年の間に少なくとも27万円の売上があった。具体的には,顧客から依頼があると,Yは,aサイトのHTMLを解析し,必要な情報を抽出するプログラムを作成し,これを実行して収集した情報をエクセルシートに落とし込むという手法で提供していた。

Xは,Yに対し,Yの行為は本件DBの無断複製であって不法行為にあたるとして損害賠償を請求した。

ここで取り上げる争点

不法行為の成否
(Xは,本件DBが著作物であることを前提とする主張は行っていない。)

裁判所の判断

裁判所は,不法行為に該当する場合について次のように述べた。

Xが本件DBの作成及び維持(更新等)のために費用及び労力をかけており,本件DBに独立の経済的価値が存在すること及び本件DBが著作物として保護されるものではないことは,当事者間に争いがないところ,DBが著作物として保護されない場合には,当該DBに独立の経済的価値があるとしても,その情報を収集して他のDBに組み込む行為は,情報及びDBの内容及び性質,行為の態様及び目的,権利侵害の程度等に照らして,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合に限り,不法行為を構成すると解すべきである。

本件において,「著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合」にあたるかどうかについて,まずは情報の性質,行為の態様について次のように述べた。

ア Yは,aサイトに掲載されている情報を収集して顧客に有償で提供しているところ,Yが顧客に提供した情報のうち,医療機関基本情報は,いずれもXがaサイトに有償で提供した本件DB上の情報(本件データ)であるから,Yが収集して顧客に提供した情報の大部分は,本件データと同一であると認められる。
また,Yは,収集した情報を顧客に有償で提供しており,営利目的を有する点で,Xと共通している。

イ 他方,本件データのうち,医療機関基本情報は,一般に公開される必要が高く,実際に公開されている情報であり,Yは,aサイトにおいて無料で公開されていた情報の中から,顧客が指定した条件に従って情報を収集したに止まり,労力及び時間をかければ顧客自身でも収集することが可能な情報について,その収集を代行していたにすぎないと評価することもできる。
また,Yが顧客に提供した情報の中には,当該医療機関のaサイトにおけるURL,郵便番号及び最寄出口からの所要時間に関する情報が含まれているが,これらの情報は,本件データに含まれておらず,本件DBとYが顧客に提供したエクセルデータとが全く同一であるというわけではない。
さらに,Yは,あくまでaサイトに無料で掲載されている情報の収集代行を業務としていたにすぎず,本件情報元記載の存在を考慮しても,Yに,Xの本件DBに対する権利を積極的に侵害しているとの認識があったと認めるに足りる証拠はない(上記のとおり,提供した情報の範囲も完全には一致しない。)。

続いて,権利侵害の程度について次のように述べた。

ア 前提事実のとおり,本件DBの主な市場は,検索サイトやコールセンター等への医療機関情報の提供,カーナビ向けの医療機関情報の提供及び診療圏(市場)調査である。そして,(略)Xは,顧客との間で,本件DBの更新を前提とする継続的な利用許諾契約を締結しており,(略)年間使用料は,提供する情報の範囲や更新頻度によって異なるが,数万円から数十万円程度である。

イ 一方,(略)Yの顧客は,企業,大学及び個人等であり,顧客の目的は市場調査や研究資料の収集等であることが認められるから,市場調査を目的とする場合等に,Xの顧客層と一部競合する。
しかし,本件Y業務の内容は,上記のとおり,特定の時点においてaサイトに無料で掲載されている情報の中から,顧客が指定する条件に従って情報を収集して顧客に提供するというものであり,顧客自身でも行おうと思えば行えるものである。情報の提供も1回限りであって,更新は予定されておらず,料金は,高いもので1件当たり5万円程度であり,証拠上認められる売上げは,合計27万1080円に止まる。そして,本件Y業務によって,Xが本件DBの販売機会を失ったと認めるに足りる証拠はない。

以上を踏まえ,裁判所は,

以上によれば,本件Y業務には,本件DBの無断複製と評価できる行為が含まれているものの,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したとまではいい難く,不法行為には当たらないというべきである。

として,Xの請求をすべて退けた。

若干のコメント

本件は有償でデータを提供し,その提供先が運営するウェブサイトから当該データを無断で複製された場合において,元のデータ提供者が不法行為責任を追及したという事案です。医療機関の情報を網羅的に集めた情報の集積物は,著作権法12条の2第1項の「データベースでその情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するものは、著作物として保護する。」の要件を満たさない(情報の選択に創作性があるとは言えないため。)ので,本件の原告も,著作権侵害という構成を取らなかったものと思われます。

裁判所は,不法行為が成立する場合は,「情報及びDBの内容及び性質,行為の態様及び目的,権利侵害の程度等に照らして,著しく不公正な方法で他人の権利を侵害したと評価できる場合に」限るとしています。

事案の性質は異なりますが,我が国の著作権法のもとで保護されない著作物については,「同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではない」とした著名な裁判例があり(最判平23.12.8民集65-9-3275[北朝鮮映画事件]),著作権法で定める著作物には該当しないデータベースについて保護が認められるケースは限られます。当該最高裁判例の前の事案ですが,翼システム事件では,データベースの著作物該当性を否定しつつも,不法行為責任を認めた事例があります(東京地中間判平成13年5月25日判時1774号132頁)。

以上のような判断枠組みや裁判例を基準とすると,Yの行為は,丸ごと本件DBをコピーしたというものでもなく,簡単なスクリプトを書いて顧客のニーズに合わせてデータを一部取り出したというものであり,Xの本件DBに関するライセンス料が失われたという関係もないことから「著しく不公正な方法」とまではいえないとしています。

Xからすると,苦労して集めたデータを無断に利用されたのでは堪らない,ということなのかもしれませんが,Xはいったんヤフーに対してライセンスしたことで対価を得ているので,そこで本件DBに関するXの権利はいわば消尽したともいえるようにも思えます。

ちなみに,本件DBが平成30年不正競争防止法改正によって導入された限定提供データ(2条7項)に該当するかどうかも興味深いところです。限定提供データは,①業として特定の者に提供する情報であって(限定提供性),②電磁的方法に依り相当量蓄積され(相当蓄積性),③電磁的方法により管理され(電磁的管理性),④技術上または営業上の情報で,⑤秘密として管理されていないものをいいますが,本件DBが,③の要件をクリアできれば限定提供データにも該当するように思われます。しかし,同法19条1項8号ロでは,無償で公開されている情報と同一のデータを取得等する場合は適用除外とされているため,本件におけるYの行為も,aサイトで無償で公開されているものから抽出しているにすぎないとすると,不正競争には該当しないように思われます。