FX取引を自動的に行うプログラムの検証目的で作成したプログラムに関する問題について争われた事案を取り扱います。
事案の概要
ソフトウェア著作権ではよくありがちだったケースですが,もとは同じ会社にいたプログラマXとプログラマY間での争いです。
Xが作成したFX取引を自動的に実行するためのプログラム「P1」を参考にしながら,Yが適切なパラメータ設定によって,より利益を獲得できるようにするためにプログラム「P2」を作成したことについて,XからYに対し,損害賠償約1億7千万円を請求しました(ただし,一部請求として2500万円のみ請求)。
本件では,P2が,P1を複製,翻案したのかという点はあまり争われていません。そもそも,Yは,XからP1のソースコードを入手していたこともあり,当然にこれに依拠していたということはいえそうです。また,P2は,実際に販売等されて流通されたということも認められていません。
原審(大阪地裁平成21年10月15日判決)では,以上の事実関係のもと,
- P2は,適切なパラメータ設定を探るという研究,分析のために作成したものであって,販売用ではないこと
- P1は,もともとYのアイデアを移植して作成されていたこと
などの事実から,仮にP2がP1を複製,翻案していたとしても,このような行為を理由としてXがYに対して著作権侵害を主張して損害賠償請求をすることは権利濫用にあたり,許されない,としました。
知財高裁の判断
基本的な事実認定は大阪地裁と同じですが,「権利濫用にあたり,許されない」という理由で原告Xの主張を棄却したのではなく,「損害が発生していない」という判断をしました。つまり,販売目的で作成されたプログラムでなければ,財産的な損害もなく,もともとXがYにソースコードを提供しているなどの事情から,非財産的損害も生じていないだろう,という判断です。
若干のコメント
本件は(特に大阪地裁の判断について),「リバースエンジニアリングとフェアユース」などという議論で持ち出されることがある判例です。ソフトウェアの分野で,「リバースエンジニアリング」とは,いろいろな場面で用いられることがある用語ですが,本件では,FX取引を自動で行うプログラムを開発する上で,各種パラメータのチューニングを行うための検証行為を「リバースエンジニアリング」と呼んでいると思われます*1。なお,判例中,裁判所は特に「リバースエンジニアリング」という言葉を使用していません。
大阪地裁では,Y側が特許法69条に言及しつつ,リバースエンジニアリングは違法ではないとの主張をしており,結果的にこの主張が権利濫用法理の採用につながったと考えられます。
このリバースエンジニアリングについては,フェアユースと同様に,著作権法の改正時にしばしば議論に挙げられますが,今のところ,著作権の制限規定にまで昇華する動きはありません。
知財高裁の判断のように,リバースエンジニアリング行為の多くは,「損害がない」というところで,請求を切り捨てることができ,また,権利濫用の法理の適用も考えられることから,個人的には著作権法に特許法69条1項*2のような規定は不要かなと思います。