IT・システム判例メモ

弁護士 伊藤雅浩が,システム開発,ソフトウェア,ネットなどのIT紛争に関する裁判例を紹介します。

コインハイブ事件控訴審判決 東京高判令2.2.7

マイニングツール,Coinhiveをサイトに設置し,閲覧者にツールを実行させていたことについて,不正指令電磁的記録保管罪の成否が問題となった事件の控訴審判決。一審無罪判決から約10カ月たったところ,高裁で逆転有罪となった。弁護人・平野敬先生より判決文を見せていただいた(ブログで紹介することについても了解を得ています。)。

事案の概要及び原審の判断

当ブログで原審を紹介したので,そちらを参照いただきたい。

itlaw.hatenablog.com



原審では,刑法168条の2第1項の「不正指令電磁的記録」の該当性について,その要件である「反意図性」は肯定したが,社会的に許容されていなかったとまでは言えないとして,「不正性」を否定するとともに,目的要件も否定し,無罪とした。

ここで取り上げる争点

原審同様,反意図性(「その意図に沿うべき動作をさせず,又はその意図に反する動作をさせる」」)と不正性(「不正な指令」)であり,それに加えて「実行の用に供する目的」も取り上げる。

裁判所の判断

反意図性

裁判所は,反意図性があるとした原審の判断を維持しているが,次のように述べて168条の2第1項の解釈が間違っているとした。

原判決は,本件プログラムコードが,その機能を認識した上で実行できないことから,反意図性を肯定しているが,一般的な電子計算機の使用者は,電子計算機の使用にあたり,実行されるプログラムの全ての機能を認識しているわけではないものの,特に問題のない機能のプログラムが,電子計算機の使用に付随して実行されることは許容しているといえるから,一般的なプログラム使用者が事前に機能を認識した上で実行することが予定されていないプログラムについては,そのような点だけから反意図性を肯定すべきではなく,そのプログラムの機能の内容そのものを踏まえ,一般的なプログラム使用者が,機能を認識しないまま当該プログラムを使用することを許容していないと規範的に評価できる場合に反意図性を肯定すべきである。

その「規範的」な評価として,

  • 閲覧者の電子計算機に一定の負荷を与えるものであるのに,報酬が発生した場合には閲覧者には利益がもたらせない
  • マイニングが実行されていることは閲覧中の画面等には表示されず,マイニングによって電子計算機の機能が提供されることを知る機会や,実行を拒絶する機会も保障されていない

として,

プログラム使用者に利益をもたらさないものである上,プログラム使用者に無断で電子計算機の機能を提供させて利益を得ようとするものであり,このようなプログラムの使用を一般的なプログラム使用者として想定される者が許容しないことは明らか

であるとして,反意図性を肯定した。

不正性

ここが原審の判断との最大の違いである。

「不正な指令」の趣旨について,

一般的なプログラム使用者の意に反するプログラムであっても,使用者として想定される者における当該プログラムを使用すること自体に関する利害得失や,プログラム使用者に生じる不利益に対する注意喚起の有無などを考慮した場合,プログラムに対する信頼保護という観点や,電子計算機による適正な情報処理という観点から見て,当該プログラムが社会的に許容されることがあるので,そのような場合を規制の対象から除外する趣旨である。

とういことを確認した。そのうえで,裁判所は,上記の【反意図性】で述べたことをひいて,閲覧者には利益が生じないことや,知らない上に電子計算機の機能を提供させるものであるから,「プログラムに対する信頼保護という観点から社会的に許容すべき点は見当たらない」とした。


さらに,原判決で社会的許容性の要素として挙げた各要素については,次のように否定した(一部のみ引用)。

同様のプログラムに対する賛否が分かれていたとし,これを社会的許容性を肯定する方向の事情と主張しているが,プログラムに対する賛否は,そのプログラムの使用に対する利害や機能の理解などによっても相違があるから,プログラムに対する賛否が分かれているということ自体で,社会的許容性を基礎づけることはできない。本件は,一般的なプログラム使用者が機能を認識しないまま実行されるプログラムに反意図性が肯定できる事案であり,プログラムを使用するかどうかを使用者に委ねることができない事案であるから,賛否が分かれていることは,本件プログラムコードの社会的許容性を基礎づける事情ではなく,むしろ否定する方向に働く事情といえる。

本件プログラムコードの電子計算機への影響を広告表示プログラムとの対比などから社会的許容性を検討しているが,他のプログラムの社会的許容性と対比して本件プログラムコードの社会的許容性を論じること自体が適当でない。弁護人が比較の対象とした,社会的に許容されている広告表示プログラムがどのようなものかは必ずしも明らかではないが,広告表示プログラムは,使用者のウェブサイトの閲覧に付随して実行され,また,実行結果も表示されるものが一般的であり,その点で,閲覧者の電子計算機の機能を閲覧者に知らせないで提供させる機能のある本件プログラムコードとは,大きな相違があり,その点からも比較検討になじまない。

弁護人は,本件プログラムコードは,電子計算機の破壊や情報の窃用を伴うプログラムではなく,消費電力や処理速度の低下等の電子計算機への影響の点で不正性を根拠づける事実が立証されていないとして,社会的許容性がある旨を主張するが,既に述べたとおり,不正指令電磁的記録が電子計算機の破壊や情報の窃用を伴うプログラムに限定されると解すべき理由はないし,本件は意図に反し電子計算機の機能が使用されるプログラムであることが主な問題であるから,消費電力や処理速度の低下等が,使用者の気づかない程度のものであったとしても,反意図性や不正性を左右するものではない。

とし,反意図性,不正性をいずれも肯定し,原判決には事実誤認があるとした。

実行の用に供する目的

裁判所は,原判決が否定した「実行の用に供する目的」について,あくまで原判決は傍論であったとしつつも,次のように述べて原判決の判断を覆した。

被告人が(中略)閲覧者の同意なくマイニングさせることに関する否定的な意見を知った上で,自らが収入を得るために本件プログラムコードの保管をしたことが明らかであって,(中略)本件プログラムコードの不正指令電磁的記録該当性を基礎づける事実を実質的に認識した上で,本件プログラムコードを保管したものといえる(略)

その結果,原判決を破棄自判して,罰金10万円とした。

若干のコメント

本件は,大きく報道され(現時点で一番詳細なものとしては,弁護士ドットコムの下記ニュース),識者である高木浩光さん,壇先生らからもコメントが出ていますので,私からはあまり補足することはありません。

www.bengo4.com


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ネットでも言われているとおり,技術に対する無理解を感じさせるものですが,私も同様に感じます。特に「不正性」を否定した原審の判断要素を叩いていくところについては,残念な説示が続きます。


ユーザの意図せぬプログラムというものはJavaScriptに限らず,無数にあるわけですし(むしろユーザが機能を理解していないものも多数あるはず。また,弁護人もJavaScriptだからセーフ,などといった単純な主張を展開したわけではないはずです。),広告との対比において「実行結果も表示される」としているところは,バナー広告のようなものしか想定していないのではないかとすら思えます(さらにいえば,この部分で「社会的に許容されている広告表示プログラムがどのようなものかは必ずしも明らかではないが」などという留保をつけているところは突っ込まれるべきでしょう。)。


この種の「電磁的・・」関連の構成要件は,立法当時に想定したもの以外が登場したときに,当てはめを悩ませることになりますが,どうも恣意的な運用がなされ,委縮効果を生んでいるように思います。マイニングプログラムは,ゲームのデータを書き換えるチート行為や,コピー・アクセスコントロール機能を無効化するような行為と違って,一概に「ケシカラン」と評価することができるかどうかすら疑問に感じます。


裁判所が示した規範に照らすと,マイニングツールに限らず,多くのツールが不正指令電磁的記録に該当してしまうことになりそうなのですが,これでよいのでしょうか。


すでに弁護人から上告する旨が表明されています。最高裁には,しっかりと社会通念に照らした判断をしてもらいたいところです。